【2008年10月25日(土)17:00~ 愛知県芸術劇場】
●ダンドリュー:《戦争の描写》 ●ヘンデル(以下同じ):組曲《水上の音楽》第1組曲 HWV348 ●組曲《水上の音楽》第2組曲 HWV349 ●合奏協奏曲 op.3-4、3-5からの6楽章 ●組曲《水上の音楽》第3組曲 HWV350 ●組曲《王宮の花火の音楽》 HWV351 ○組曲《水上の音楽》第3組曲~〈アレグロ〉 ⇒エルヴェ・ニケ/ル・コンセール・スピリテュエル こういうライヴを聴くと、CDって何だろうなと思う。 やっぱり音の出るパンケーキかもしれない。 予習用に買ったCDをあえて聴かずに出かけたのは正解だった。 ちょうど80人の大所帯、、しかし半数以上が管楽器(ひえー)。 弦楽器はフツーの対向配置で座ってるんですが、その後ろが凄いのです。 雛壇にオーボエ18人とバソン8人+コントラバソン2人(でいいのか?)がずらりと並ぶ(彼らの半数以上はリコーダー持ち換えアリ)。舞台下手にはホルン9人、上手にはトランペット9人が構え、さらにティンパニ2人が左右に分かれて鎮座、さぁさお客さま一斉射撃にございます、というわけですから異様です。 こうした編成から放たれる音は、まず物理的にでかい。 で、それを下支えするバソン隊の存在感が圧倒的なのです。完全に通奏低音の主役。チェロとかコントラバスとかヒョロいよ。 それでいて響き全体は軽快かつ煌びやかで、旨味もたっぷり(立ち上がりこそ鈍いけど、アクの強い地声で歌うバソンの温かみはここでもよい方向に働く)。モダンオケからは到底立ち昇ることのないような不思議な香気が漂っています。和音がキマって響きが消えていく様子が途轍もなく美しい。こうした香気は録音されない類のものだろう。 ありえないことだけど、この編成にマーラーが曲をつけていたらどんなことになっていただろうかと考える。もしもフランス革命がなかったなら、フランスバロック音楽はジジ臭いと蔑まれながらも、直系の子孫を残すくらいの影響を保ったんじゃないだろうか。 それから、各奏者のポテンシャルが高い。メチャウマです。 まず46人の管楽器をまとめる総リーダー、オーボエのエロイーズ・ガイヤール女史。 彼女の熱烈な歌い口と濃厚な音色が管楽器群に伝播していたのは間違いないし、発音がどうしてもワンテンポ遅れるホルンにひたりと寄り添ってテンポを落とす技は鮮やかでした。彼女の名前、どっかで見たなあと思ったら、ああそうか。アンサンブル・アマリリスのリーダーじゃないですか。 そしてソロが頻発したコンミスのアリス・ピエロ女史、やったら巧い人だなあと思ってググってみると、ルーヴル宮音楽隊のコンミスをずっと務めていた人であるということが判明。 さらにホルン隊!彼らがもう信じられないくらい巧い! + + + しかし、この演奏会で最も感銘を受けたのは大編成古楽オケによる音量や音色の珍奇さではなくて、ヘンデルに流れ込んでいるフランス様式が完璧に洗い出されて、その軽やかな美しさが表沙汰になっていたという点なのであります。言い換えると、《水上の音楽》ってこんなにフランスバロックっぽい造りだったのね、ということに気づかされたわけです。 ニケが物凄ぉぉぉく丁寧に指示しているアーティキュレーションは、彼らのシャルパンティエと何ら変わらない。エモーショナルな指揮ぶりによって彼が示すのは、ヘンデルの時代よりももう少しだけ前のフランスバロックさながらの、浮世離れした軽さ、あるいは音の繊細な重ね合いによる一時の快楽。これをそのまんまヘンデルに適用するんですよ。 すると、アラ不思議、ヘンデルが補強したイタリアンな粘土が溶けて、フランス様式に基づいた骨格が見えてしまう。特に《水上の音楽》第1組曲なんか、畏まって各曲に速度記号の名前がついているけど本当は熱烈に舞曲舞曲したピースの集合体で、もうマジでベッタベタのフランス趣味で作曲されていることがわかってしまう。これは面白い体験だ。 一方で《王宮の花火の音楽》が作曲されるころになるとヘンデルのフランス趣味は薄れ、代わりにヘンデル様式とも言えるあの豪壮な旋律美が前面に押し出されるのでした。このへんの様式感の相違が巧妙に焙り出されていたのも素晴らしかった。 最後、いつのまにかバソンの中にセルパンが紛れ込んでたなあ(笑) + + + 初めのうち、当夜のお客さんは反応が極めて薄く、高額の席に座ったジジババが(数十人単位で)感性も何もかも錆びつかせて眠りこけているのを見ては無性に腹が立ちました。でも実際は何のことはない、ほとんどの良識ある聴衆たちは、これをどう捉えたらよいのか戸惑って考え込んでいただけだったんじゃないかな。 《王宮...》が終わるころには会場は万雷の拍手。終演後にニケのサイン会に並んでいたら、そこかしこから楽しかった面白かったという声が聞こえてきて、えがったえがった。
by Sonnenfleck
| 2008-10-26 09:18
| 演奏会聴き語り
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Comments(8)
エルヴェ・ニケ聴きたかったのですが、東京公演は都合がつかずで断念。前回がポシャらなければよかったのに。
昨日の17時頃は上野で“コシ”聴いてました。やっぱウィーンフィルはうまいなあ。明日はアンスネスです。 今年の演奏会は明日でおしまいです。
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Sonnenfleck at 2008-10-26 20:17
>HIDAMARIさん
どうもです。当方も「幻の来日公演」は行く気満々だったので、公演中止は寝耳に水でした。ともかく今回実現してよかったです。 本文中では大音量と書いていますが、東京公演の会場のオペラシティはキャパシティが大きいので、もしかすると物足りない状態になるかもしれません。。 ウィーンのコシとアンスネスの連チャンですか!これは東京ならではですね。今回のウィーンは(もし選べと言われていたら)コシの一択でした。。バイロイトの続きと一緒に、この2つのコンサートのレヴューも心待ちにしております。
普段バロックしか聞かないものにとっては、大音量に驚きのひと言。その音の凄まじさを堪能してきました。
しかし私の右隣の人は、終始寝ていたし拍手もおざなりだったし、高いお金を払って何しにここに来たのだろうと思ってしまいました。 セルバン、最後に退場する際にその蛇みたいな変な楽器を持っているのを見てしまった。いったい何時それを吹いていたのか記憶にありません(笑)。
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Sonnenfleck at 2008-10-28 21:49
>Hokurajinさん
右隣の人は「バロック以外」しか聴かない人だったんですかね。私も含めて、バロクーにとっては非常にモニュメンタルな出来事だったと思いますが、一方で巨大な編成に慣れきって、アーティキュレーションにも特にこだわらない現代のフツーの聴き手にとっては、案外日常的な公演だったのかもしれません。カラヤンのヘンデルと違わんやないか、といった具合に。。
行ってきました。いろいろと発見がありましたけど、何よりも驚いたのは「水上」と「花火」の響きの違い。各パートがブロックとして、時には無骨にぶつかり合う「水上」に対して、その音響の巨大さの中に、響きがきれいに層状に整理されている「花火」。実際にそういう音律だったのかは自信ありませんが、ヘンデルが好んだというミーントーンとは、まさにこういう事だったのだろうか、という印象を持ちました。これはCDではわかりませんでした。
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Sonnenfleck at 2008-11-02 23:11
>marutaさん
「水上」のほうでももちろん多少は使われていましたけど、練り上げられた和音やシンメトリカルな楽器捌きは「花火」のほうでより顕著な効果を出していました。作曲家の円熟って何か古典派以降にしか存在しないような捉え方が多いですが、ヘンデルの人生の収穫期に、大きな実りとなって現れていましたね。 ミーントーンの効果と思しき純正な和音が、ライヴで、ホールで、あの大編成のオケから聴こえたというのも貴重な体験でした。
楽しく読ませていただきました。(お客さんの入りはどうだったのでしょうか・・・)ヘンデルもいろんな様式をとりいれているので、演奏次第でフランス味を強調したり、イタリア味、英国、ドイツ、といろいろできるのかもしれません。
今回のコンサートは普通の音楽ファン(?)と、バロックは古楽器でオリジナル楽器派、どっちのひとにとっても面白いものだと思うのですが・・・ 面白いというより、ショック、という人もいるかもしれないですが。 生のコンサート、全身で聞いてるし、空気振動の伝わり具合は、CDでは、どうにもならない世界ですね。CDにはその役割があるけど、生がいちばんおもしろいです。 4月の案内、少しずつアップしていきます~ヘンデルも入ってます!
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Sonnenfleck at 2008-11-10 21:50
>雑歌屋さん
コメントありがとうございます。名古屋公演の入りはまあまあといったところでした。普段バロックには興味がないけど「珍しいものがあるから聴きに行くわ~」という感じの方が多かったようですが、おっしゃるとおり、人それぞれ楽しみや衝撃を見出すことのできる部分が多かったですね。 この件は慎重に書く必要がありますが、最近は、ライヴで得られる楽しさがCDを聴いて得られる楽しさを包括しているような気がしています。でも逆は成り立たない。。4月は本業多忙ですが、ぜひ聴きに出かけたいと思います!
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