下野/名フィル+名古屋市民コーラス メンデルスゾーン《聖パウロ》

c0060659_634797.jpg【2008年11月8日(土)17:00~ 中京大学文化市民会館】
<名古屋市民コーラス 第38回定期演奏会>
●メンデルスゾーン:オラトリオ《聖パウロ》 op.36
→谷村由美子(S)
  谷田育代(A)
  北村敏則(T)
  末吉利行(Br)
→長谷順二/名古屋市民コーラス
⇒下野竜也/名古屋フィルハーモニー交響楽団


演奏についてあーだこーだと言う前に、作品自体の素晴らしさに惚れ込んだことを書いておきましょう。
キリスト教最初の殉教者・ステファノの逸話から、初めユダヤ教パリサイ派のエリートとして迫害者だったサウロ(=パウロ)が、天の光線を浴びて改心し、厳しい伝道ののち殉教を覚悟してエルサレムへ上るまでを2時間半で描くオラトリオ。パウロの生誕2000年(!)とメンデルスゾーンの生誕200年が交錯する08-09シーズンにはぴったりの選曲です。僕は今回生まれて初めてこの曲を耳にしましたが、これほど充実した作品がどうして滅多に演奏されないのか不思議に思う。

このオラトリオが作曲されたのは1836年、メンデルスゾーン27歳のときですが、雰囲気、というか音楽のフォルムがバッハの受難曲に酷似している。すなわちレチタティーヴォとアリア、重唱と合唱が折り目正しく連続する中で、ソプラノとテノールが交互に「福音史家」の役割を、バリトンがパウロを、合唱が「醜く残忍な群集」をそれぞれ演じ、ストーリーは淀みなく流れてゆくわけです。
ただし、フォルムはそのようにレトロなのですが、搭載されたエンジンや電気部品はメンデルスゾーン一流の繊細雄弁な表現を纏って、1836年当時最新鋭の実力を見せるというわけ。見かけは古めかしいので暢気に構えていると、メンデルスゾーンの劇的な表現力に度肝を抜かれることになります。メンデルスゾーン作品の最高峰のひとつじゃないかなホント。

+ + +

まず本公演の母体になっているのが、来年で結成50年を迎える名古屋市民コーラス
お年を召されたように見える方が多いのはやはり老舗だからでしょうか。ハーモニーにはどっしりとした安定感があり、表現力も(こう書いてはなんですが)老獪。律法を否定され怒り狂ったユダヤの群集と、イエスを希求する清純な心と、両方の描き分けが巧いんです。合唱を専門に聴いておられるリスナーの意見はまた別にありましょうが、アマチュアでこれだけ心の機微を表現してくれたら僕は何も言うことがありません。ブラヴォでした。
(第1部最後の22番と、第2部29番のヒソヒソ話+コラール、拍子にエスニックな香りが漂う35番、怒り狂った38番の群集、そして45番の終曲、このあたりの集中力が素晴らしかった。きっとずいぶん練習を重ねられたことでしょう。)

次に、マエストロ・シモーノに率いられた名フィル。こちらもよかった。
2時間半の長丁場だし、団員も作品の詳細に関して十分知悉しているとは思えませんから、ほとんど定期公演がもうひとつ増えたようなものでしょう。
下野氏は相変わらずよくスコアを読んでるんだろうなあという印象で、隅々まで自然なコントロールを効かせながら(いつもより少し安全運転だったけど、この人のフレーズ造形能力は実に素晴らしいと思う)、聴かせどころでは畳み掛けるようなスピード感やごついハーモニーを前面に出したりする。序曲の神々しく精妙な和音から終曲の大見得まで、もたれることなく運んでいました。
(いつもより弦が薄く聴こえるのはあの恐ろしくデッドな音響のせいだろう。金管陣はずいぶん安定していたし、木管陣、特にClのティモシーくんの豊かな表現力にはますます磨きが掛かってるような気がする。)

独唱陣に関しては評価が分かれます。
まず、見せ場の多いソプラノに登場したのが、今年のラ・フォル・ジュルネで一部の話題を攫った谷村由美子さん。僕もコルボが指揮するシューベルトの変ホ長調ミサ曲で彼女を聴いて「突出」と書きましたが、それは単に声量だけの問題ではなく、彼女の透き通った声質や深い表現力は今回のメンデルスゾーンでも遺憾なく発揮され、結果として本公演でも「突出」して素晴らしかったと書かざるを得ません(ソプラノのアリア〈エルサレムよ!〉の神々しさには涙が出た)。なーんか、、この人何かのきっかけで有名になったら爆発的に人気が出そうなんですよね。。プロフィールに書いてあったんですが、来年コルボの《ロ短調ミサ》が発売されるみたいで、そこにソプラノとして参加してるらしいです。ブレーク間近か。

逆にもうひとり見せ場の多かったテノールの方は、、突出して絶不調。どうしようもないくらい音程が取れてなくて、声も裏返るし、苦しそうだし、はっきり言って「お金払いたくない」という感じでした。
バリトンの末吉利行氏は悪役っぽい声質で、最初のパウロのアリア〈彼らを根絶やしにしてください、万軍の主よ〉が禍々しく素敵でした。改心してからも声に翳りがあって面白かったなあ。ヘレニストのパウロは原始キリスト教が最初に内部に抱えた「他者」だったのかもしれず、パウロの内面も複雑に絡み合っていたはずだもの。
アルトは、、この作品では極端に出番が少ないけど、水準以上でした。

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というわけで、総合的には「名古屋だけにしまっておくのはもったいない」公演でした。
名古屋的にも(数は少ないけど名フィル定期で見るような)クラヲタ層が来ているようには見えず、もったいないなあと思う。お客さんも「職場の同僚に招待券もらったから行くわ」的な目的意識の薄い人が多いようで、せっかくの熱演にも拍手が薄く、これももったいない。

検索してたら、来週の金曜日に湯浅卓雄氏の指揮による藝大フィルハーモニア・合唱定期でこの《聖パウロ》が取り上げられるみたいです。関東の方は行かれてみては。一度は生で耳にしておくべき作品と思いますれば。
by Sonnenfleck | 2008-11-11 06:38 | 演奏会聴き語り
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