名古屋フィル 第352回定演

c0060659_19341099.jpg【2008年11月15日(土)16:00~ 愛知県芸術劇場】
<ツァラトゥストラ7―舞踏の歌>
●ハチャトゥリャーン:バレエ《ガヤネー》から
〈剣の舞〉、〈子守歌〉、〈薔薇の乙女たちの踊り〉、〈レズギンカ〉
●ショスタコーヴィチ:バレエ組曲第1番
●ルーセル:バレエ《バッカスとアリアーヌ》第2組曲
●ラヴェル:《シェエラザード》
→浜田理恵(S)
●同:《ボレロ》
⇒大友直人/名古屋フィルハーモニー交響楽団


最近夕方の4時ころが猛烈に眠い。どうしてかな。
4時開演の名フィル定期は、だからとっても辛いんです。

ハチャトゥリャーンからルーセルまで、前半は起きていた時間と沈没していた時間が半々くらい。情けない。起きていた時間に関して感想文を書きます。(ルーセルは9割方沈没。)

ハチャトゥリャーンはチェクナヴォリアン/アルメニア・フィルの、ショスタコーヴィチはマキシム/ボリショイ劇場管の演奏が頭の中にあるから、大友氏のスタイルは(予想されてたけども)はっきり言って全然好みではありませんでした。ソヴィエトの作曲家の「バレエ」って平明に見える小節線の底にヘドロのように思念が沈殿しているから、額面どおり平明にバランスよく纏めるだけでは、僕は意味がないと思っています。
〈レズギンカ〉〈叙情的なワルツ〉〈ギャロップ〉も、よく研磨されてササクレは見つからない。テンポの伸縮もなくほとんど表情のないかわりに、清潔で健やかで○王の石鹸のごとき響きでした。こうした大友氏のバランスのよさは後半のラヴェルで活きてくることになりますが、前半は退屈だったです。申し訳ないけど。

+ + +

「ツァラトゥストラ」シリーズ第7回、「舞踏の歌」。もし僕がプログラミングを決める権限を持っていたら(大胆な仮定)、安易な気持ちで《高雅にして感傷的なワルツ》《ラ・ヴァルス》を持ってきてしまうでしょうが、ここでは《シェエラザード》

この「うた」が、非常に秀逸な出来。これが聴けただけでも元は取れたと思う。
大友氏の最大の美点は、まさしくこのラヴェルで最大限に発揮されたのです。つまり彼がブレンドした響きは、楽器がキシッ、キシッ、キシッ、と音を立ててアンサンブルに変形していくような、ラヴェル独自の合体ロボット的な精密さと精密さ自体による感覚的な快感を発生させることに成功しておりました。大友さんってこんなに優れたバランスを構築する人だったのか。初めて彼の真価を思い知ったような気がする。名フィルもコンディションがいい…。

もちろん、《シェエラザード》に対してこの日ひときわ大きな拍手が寄せられたのは、オケの音色の素晴らしさにだけに因るわけではないでしょう。ソプラノの浜田さんの声質や歌い口がこの日の大友+名フィルのサウンドによく合致しているといいますか、何か特段の相性の良さのようなものを感じさせたのです。声がオケに乗っかっているのではなく、オケが声を包括しているような。
ディクションはそんなに明瞭じゃなかったのでフランス語を解する方はイライラしたかもしれませんが、ちっともフランス語がわからない自分には一個の楽器が美しく鳴っているように聴こえて、20分間ひたすら美しい響きに溺れました。ほわわ。

《ボレロ》はね。過剰な誉め言葉も自虐的な反省も必要ないでしょう。あれが現時点での名フィルそのものだと思う。ソロの出来に関して脳内BPOや脳内CSOと比べてあーだこーだと文句をつけるのは実に簡単だけど、そういう問題でもないかなと。何より、拍手を浴びながら起立しているときの団員さんたちの「やりきった」顔がとてもよかった。
ああいう顔をしているオケは、もっと応援していかないとなと思う。
by Sonnenfleck | 2008-11-16 08:28 | 演奏会聴き語り
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