ハーディング/新日フィル クリスマス特別演奏会@東京芸術劇場

【2008年12月27日(土)14:00~ 東京芸術劇場】
●ドヴォルザーク:序曲《謝肉祭》 op.92
●エルガー:《愛の挨拶》 op.12
●ヴェルディ:《運命の力》序曲
●ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第7番ハ短調 op.72-7
●同:交響曲第9番ホ短調 op.95 《新世界より》
⇒ダニエル・ハーディング/新日本フィルハーモニー交響楽団


今年のランキングはもう締めちゃったんですが、体調がよくなったので出かけてきました。
初の生ハーディングということで、、やっぱり生で聴いてみないとわからないことが多い。

◆スタイリッシュで、
聞き及んでいたとおり細くて小さい体型ながら、フィジカルな動きをそのまま細かなアーティキュレーションに反映させてしまう手腕。下から掬い上げて空中に放り投げる仕草で音楽を膨らませるところなんか、惚れ惚れとするくらいカッコイイ指揮姿でありました。

◆器用で、
今回のプログラムはあみだくじで決めたんじゃないかというくらい統一感も何もない。
まったく粘りのないするするとした《謝肉祭》序曲から、一転してポルタメントを多用する《愛の挨拶》、遠慮会釈ない強奏でうんりきを聴かせたあとに陽気なスラヴ舞曲が流れたときには、場内から失笑が聴こえたとか聴こえないとか。。
しかしこの頓馬なプログラムが敷かれたために、ハーディングの見事な様式感の捌き分けを聴くことができて幸運であったといえます。こんなに器用にソツなくこなされてしまうとどうしようもないよねえ。。それにしても新日フィルの反応のよさには驚きました。

◆器用で、―貧乏か?
《新世界より》を聴き終えて印象として残るのが、いつもであれば暗褐色暗緑色の団子なんですよ。自分の場合。このドヴォルザークの名曲はメロディもリズムもハーモニーも豊かすぎて、それゆえに隣り合った要素同士が簡単に混ざってしまいがちであり、その結果として後に残るのは団子。
ハーディングはどうしたか?彼はそれらの豊かすぎる素材一個一個に対して、さらに気の遠くなるような細かな演出を施しているのです。普通であれば団子の材料として供出されてしまってもおかしくない経過句的なパッセージのひとつひとつに、あるいは見逃されがちな一瞬の縦構造のバランスに、憎たらしい演出がついている。
僕はラトルの演奏を未だに生で聴いたことがないのだけど、「演出」の積み重ねによって音楽を造形するタイプの演奏、その鬼のようなモデリング能力に、実際に生で接するとこういう感じなのですね。そこに浪漫性の熱っぽさは存在しないかもしれませんが、僕には、これは素直にスゲーと思われたのです。

◇芸劇
2006年のダスビ以来ほぼ3年ぶり。2b出口からのルートは健在でした。
愛知県芸の豊かな(豊かすぎる?)響きでオケを聴くことに慣れきっていたので、意外とデッドに感じられます。でも今度は、ここが自分のホームになるのだ。たぶん。近いし。
by Sonnenfleck | 2008-12-28 08:57 | 演奏会聴き語り
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