藝術と芸能の間

c0060659_17184390.jpg

実家に帰省する新幹線が遅れに遅れてひどい目に遭いましたが、幸い東京駅で買ったレコ芸に暇を救われたのでした。レコ芸は一年に一回、ほとんどおまじないのような気持ちで新年号だけ買い求めるというのがここ数年のしきたりになっています。

しかし紙面を眺めてみると、去年とは少し印象が違う。。
まず、レコードアカデミー賞の選考過程や月評、名盤鑑定団なんか、発言内容も何もかも老人会の寄り合いにしか見えない、っていうのは例年どおり(大変失礼ながら、レコアカ審査員集合写真には毎回息を呑みます)。
この先生たちは、ガーディナーがブラームスを出したり、ミンコフスキがワルシャワで面白いことをしてたり、ブリュッヘンがとんでもないべートーヴェンをやっていたり、タロー兄さんがフランス音楽をとろけさせていたり、若くて鋭いカルテットや指揮者が続々と台頭していたりすることを知っているのだろうか?あるいは知っていたとして、それに反応するようなアンテナを錆び付かせずにいるのだろうか?それとも、フルトヴェングラーの至高の名盤をお墓に持っていくことで頭がいっぱいなんだろうか?

一方で、興味を持って読むことができる記事が以前に比べて増えているような気がするのです。これは今年新しく受けた印象。
海外盤試聴記は書き手も少し増えて存在感をさらに増しているし、いくつかの連載はさらにクラヲタ度を上げている。アリアCDの広告が登場しているのは驚いたし、iioさんの記事もレコ芸の中に見るととても新鮮。

レコ芸も、変わろうとしている。間違いなく。
ブログ界隈で手に入らない情報がまだまだレコ芸には多く残ってるし、そうした情報が「老人会会報」の隙間にもっと増えてきたら、また昔のように購読してもいいと思うのです。個人的には、一回りして今そういう地点に立っている。
by Sonnenfleck | 2008-12-30 17:18 | 日記
<< バッハ、雑煮、エレーヌ・シュミット。 ハーディング/新日フィル クリ... >>