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晴読雨読:森鴎外『ヰタ・セクスアリス』

晴読雨読:森鴎外『ヰタ・セクスアリス』_c0060659_13453682.jpg森鴎外『ヰタ・セクスアリス』、1993年改版、新潮文庫。

最初に読んだのは大学一年の夏ですね。
音楽評論家との二足のわらじを履く某法学部助教授が担当する一般教養「文学」は、彼のネームバリューによるものでしょう、大人気。彼が毎週一冊の文学作品を指定し、学生は次回の講義までにそれを読んでゆくというのが決まったスタイルだったんですが、『ヰタ・セクスアリス』を読んでこいと言われたのはちょうど梅雨明け間近のころでした。初読時には、盛り上がらん小説だなあというつまらない感想を持っただけなような気がする。

でも先日、ひさびさに読み返してみると、これがすごい。
この作品は鴎外自身の性遍歴を開陳した一種の自伝です。1904年の発表当時『ヰタ・セクスアリス』はポルノグラフィであると断罪され、この作品を掲載した雑誌『昴』が発禁処分になるというスキャンダルがあったらしいですが、、これはもはやコメディにしか見えない(笑)
この徹底的に相対化された視点。考古学者が青銅器に鑑定を施すような科学的目線で性欲を眺めます。春画を喜んで買う同級生を見ては不思議がり、寄宿舎に蔓延る少年愛好趣味を分析しては克明に叙述する…意図的になされるクソ真面目な描写には思わず笑わされます◎◎鴎外の他の短編(『鶏』『寒山拾得』)でも窺い知れる彼の諧謔傾向はこの『ヰタ・セクスアリス』において、最良の形で顕現しているように思います。モダンのまっただ中で書かれたポストモダン。

今思い返すと、あの講義で許氏がテーマとしたのは「悲惨と滑稽」だったような気がします。彼が取り上げた他の作品は、嘉村礒多の私小説、ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』、武者小路実篤の『友情』、太宰治の『駈込み訴え』、ドストエフスキーの『地下室の手記』などなど。だいたいあの人の評論を読むと、カリカチュアっぽいもの・ピエロっぽいものに対する異常な嗜好が滲み出てるような気がするんですよね。
『ヰタ・セクスアリス』は滑稽、いやむしろ悲惨…か?
by Sonnenfleck | 2005-03-10 15:07 | 晴読雨読 | Comments(2)
Commented by フンメル at 2005-03-11 20:59 x
いつも興味深く読ませてもらっています。私も鴎外をきちんと読み始めたのは最近のこと。ヰタ・セクスアリスには笑わせてもらったと同時に、すごい小説だと膝をたたいてしまいました。鴎外の歴史物や伝記物も不思議な世界がありますね。渋江抽斎などは全然盛り上がらないですが、ドイツで読んでるとしみじみとした趣があります。
Commented by Sonnenfleck at 2005-03-11 23:37 x
フンメルさんどうもです(^^)
鴎外の忠実な読者とは到底言えない僕ですら、彼の作品がまとう不思議な情感には強く惹かれます。
つい最近、新聞の文化欄に「鴎外や漱石が比較的早死にしてしまったせいで、日本の文壇では<老年>をシニカルにとらえるジャンルがあまり育たなかった」という趣旨の記事が書かれていて、思わず合点した次第です。鴎外ならきっとあの醒めた目で老いを描写できたのだろうなあと妄想してしまいます(笑)
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