下野竜也/読売日響 第107回東京芸術劇場マチネーシリーズ

【2009年1月10日(土)14:00~ 東京芸術劇場】
<メンデルスゾーン生誕200年記念プログラム>
●トランペット序曲ハ長調 op.101
●ヴァイオリン協奏曲ホ短調 op.64
 ○アンコール バッハ:無伴奏Vnソナタ第2番イ短調 BWV1003~アンダンテ
→小野明子(Vn)
●交響曲第4番イ長調 op.90 《イタリア》(1833/34年稿)
 ○アンコール 交響曲第5番ニ長調 op.107 《宗教改革》~第3楽章
⇒下野竜也/読売日本交響楽団


2009年のライヴ聴き初め。すでにして池袋芸劇がホームになりつつあります。
あのチャチな座席と濃紺の衛生陶器が実に懐かしく、趣き深い。

マエストロ・シモーノは11月の《聖パウロ》@名古屋も記憶に新しく、メンデルスゾーンから「聴きやすさ」のエッセンスを搾り出して提示してくれた点は大いに感謝するところであります。

最初のトランペット序曲ハ長調は珍しい曲ですね。
金管とティンパニによる一撃、それからやたらと浮かれた主題が特徴的で、蒼白メンデルスゾーンを期待している人は肩透かしだったかもしれない。途中、最高に艶やかなフーガが入ってきたりするんですが(メンデルスゾーンはこういうところが侮れない)、そこを器用に振り分ける指揮者と、アルブレヒト時代に比べて急激に駆動力が増したようであるこのオケの共同作業が巧くいっているのがわかるというものです。
それにしても終止がハ音でないのは奇妙。あの拍手の薄さは終止感の薄さによる?

昨年来から続く「2曲目のジンクス」どおり、メンコンは強力な睡魔に勝てず。
ソリストは爽やかな音色の持ち主だったようです。フレーズの形成に関してはちょっと考えさせられるところもあったのだけど、いかんせん当方は夢うつつでしたからね。。

さてさて《イタリア》は、通常演奏される初稿ではなくて、初演後にメンデルスゾーンが手を入れていた改訂稿がチョイスされましたが、この改訂稿の慎ましやかなスタイルには今回大いに驚かされました。これが聴かれただけでも足を運んだ甲斐があったです。
なんというか、彩度70%カット、みたいな感じなんですね。
この曲特有の華のあるメロディやハーモニーが、一応の外枠だけ残してぐっと渋くなり、ローマの謝肉祭の仮装が長屋のご隠居さんの江戸小紋に変わってしまったような衝撃です。特に第2と第3楽章の変容ぶりが強烈。
今回のシモーノの策は、あえてダルに仕立て上げて流れを滞らせた第1楽章と、繊細敏感な第2第3楽章の対比を聴かせるところに重点があったのではないかなあ。アクセントが四角四面、立方体がゴトゴトと転げるような鈍い第1楽章を臆面もなく提示した直後に、改訂稿の枯淡の雰囲気を生かした音づくりへモードを切り替える。やっぱり聴かせ上手ですよね。

この《イタリア》、第3楽章の途中でひとりの団員の方が明らかな体調の不良を見せて倒れかけたんですが(高熱でもあったんじゃないか)、額の汗を拭きつつ最後まで演奏に参加されていました。プロの根性にブラヴォ!です。
by Sonnenfleck | 2009-01-11 09:05 | 演奏会聴き語り
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