新国立劇場オペラ研修所公演 《カルメル会修道女の対話》

c0060659_2239194.jpg【2009年3月14日(土)14:00~ 新国立劇場中劇場】
<新国立劇場オペラ研修所公演>
●プーランク:《カルメル会修道女の対話》
→岡昭宏(Br/ド・ラ・フォルス侯爵)
  木村眞理子(S/ブランシュ・ド・ラ・フォルス)
  糸賀修平(T/騎士)
  茂垣裕子(MS/マダム・ド・クロワッシー)
  高橋絵理(S/マダム・リドワーヌ)
  塩崎めぐみ(MS/マザー・マリー)
  山口清子(S/シスター・コンスタンス)
  小林紗季子(MS/マザー・ジャンヌ)
  東田枝穂子(S/シスター・マチルド)
  中島克彦(T/司祭) 他
→ロベール・フォルチューヌ(演出)
⇒ジェローム・カルタンバック/東京ニューシティ管弦楽団


終劇の〈サルヴェ・レジナ〉合唱とそれを何度も遮るギロチンの音。こんなに堪えるとは。
心が折れそうです。後学のためにーとか軽く考えただけで出かけた自分を責めたい。

■あらすじと演出
あらすじ、はこちらのサイトさんをご覧いただくのが一番かと思いますので省略。

自分が遠藤周作の『沈黙』に半ば異常な愛情を感じているのは、なぜか「信仰が揺らぐシーン」に強く心惹かれてしまうからなのです。自分は前世が転びキリシタンだったのかもしれませんが、冗談はともかくとして、このオペラの台本にはブランシュの「揺らぎ」が大きな構えとして用意された中に、修道院長やシスター・コンスタンス、生き残るマザー・マリーらの「揺らぎ」が入れ子のかたちで封入されていて、僕の心を揺さぶります。

演出のロベール・フォルチューヌという人は、今公演の主体である新国立劇場オペラ研修所の「演技コーチ」に名を連ねていて、コーチらしく模範解答的な舞台捌きでした。歌手たちの立ち居振る舞いよりも光線と装置をシンプルに用いることで、この作品のゴシックホラー的な側面をストレートに扱います。ストーリーの要請によってどんよりと暗いシーンが多いのだけど、修道院長の棺のシーン、兄妹再会と決別のシーン、ラストの断頭台シーンでは、光と装置の設えがとても巧かった。
このように、キャリアがまだそれほど長くない若手に無理な演技をさせない(=でも自然な演技は要求する)演出は、彼らの歌の能力を引き出すし、僕のように初見の客にも優しい。

ちなみに公演チラシの情景、、これは最後のシーンそのままです。
舞台奥で〈サルヴェ・レジナ〉を合唱していた修道女たちが、一人また一人と舞台前方へ進んできて、ギロチンの大音響が鳴ると雷に打たれたようにしてその場に倒れ伏します。一人減り、二人減りしてだんだん小さくなる合唱の声が、たまらなく辛い。

■歌手とオケ
室内楽のときの寛いだプーランクを主にプーランクだと思っていた自分には(この作品が特に壮絶だというのは聞き知っていたけれど)驚愕でした。
本公演の主体は研修生ですから、穴がまったく気にならなかったと書いたら嘘になるけど、しかし予想以上に歌手たちが健闘していたなあというのは事実。特に主役級の女声陣に関してはまったくの大熱演で、ヨーロッパのオペラハウスの馬鹿高い引越公演で得られるものとはまったく違う、あえて言えばこの作品の生真面目でひたむきな性質に、極めてよく合致していたと思うのです。
ブランシュ役の木村さんのソリッドな声質、マザー・マリー役の塩崎さんの凛とした歌い口。どちらも素晴らしかったですし、さらに修道院長マダム・ド・クロワッシー役の茂垣さん(彼女は研修生ではないみたいだけど)の「狂乱の場」が、僕はこのシーンが最も心に残った。新入りのブランシュに語りかける厳格で深沈とした声と、死の苦痛に苛まれて神を疑う絶望の声と、どちらも見事に解決されている。

オケは、ジェローム・カルタンバック(この人も「コーチ」)指揮の東京ニューシティ管。
ニューシティを実際に耳にするのはこれが本当に初めてで、ブルックナーのマニアックな稿を取り上げるのが好きなのね…というくらいにしか思っていなかったのですが、実はオケの仕上がりもなかなか悪くなかった。中劇場はデッドな空間だから、特に弦楽器の音の収まり方が微妙なのはまあ仕方がないかなと思いますけど、時おり木管がオルガンのように響いてとても美しかったのは書いておくべきでしょう。

+ + +

これでS席4000円。コストパフォーマンス良すぎではないだろうか。
なのに、会場はおじさんおばさん(おじいさんおばあさん)ばかり。休憩中にトイレに行って、行列があんまりにもシルバーだったのでビビリました。ベトブルマラもいいけどさ、、若人はもっと見聞を広めないかんと思うんよ。。
by Sonnenfleck | 2009-03-15 10:40 | 演奏会聴き語り
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