トゥルノフスキー/群響@地方都市オーケストラ・フェスティヴァル

c0060659_6163263.jpg【2009年3月22日(日)15:00~ すみだトリフォニーホール】
●チャイコフスキー:幻想序曲《ロメオとジュリエット》
●プロコフィエフ:Pf協奏曲第3番ハ長調
→ヤロスラヴァ・ピエフォチョーヴァー(Pf)
●ドビュッシー:3つの交響的スケッチ《海》
⇒マルティン・トゥルノフスキー/群馬交響楽団


素晴らしいトゥルノフスキー!

熱狂的なファンの方をたびたび見かける指揮者で、一度生で体験してみたかったんですが、群馬まで出かけるのは遠いなあと思ってたんです。それが地方都市オーケストラ・フェスティヴァルに来てくれるっていうんだから、嵐になりそうな曇天だったけど錦糸町まで行ってきましたよ(実際、終演後は嵐に)。
80歳を超したトゥ氏は、フルトヴェングラーをキュッと小さくしたような細身の体躯。しかし歩く姿は優雅で指揮も非常に俊敏、同年代のブロムシュテットよりなお若々しい。

最初の《ロメオとジュリエット》は、、睡魔が見逃してくれず爆沈。無念。

続くプロコフィエフの第3協奏曲。少し前のN響アワーで花を踏み潰す重戦車みたいな醜い演奏を聴いたばかりだったものだから、ちょっと身構える。
でも第1楽章のアレグロへの飛び込みから、こりゃ完全に杞憂だなと思いました。ピエフォチョーヴァーのソロは「踏み潰してやろう」なんていうどころか、量感についてはひょっとすると物足りないくらい軽やかであって、一面を花で覆われた美しい火器のようでしたよ。

さらに輪をかけて美しかったのが、トゥ氏に統率された群響!
単純な個々の技量で言えば公共放送オケに敵わない点もあるかもしれない。でも指揮者の音楽に近付こうという意識が全体から漂っていて(こういうのって視線や素振りから案外伝わってくる)、結果として極めてハイレベルな音響に。
トゥ氏の音楽づくりは物凄く老獪でして、突飛なところなんか全然ないので聴衆には聴き終えた音楽の素晴らしさだけが残るけど、そこに至る道筋の細やかなこと!響きが相次いで交錯するこのような曲では、どんなにかすかな、どんなにちょっとした瞬間でもフレーズの階層化をないがしろにしないので、信じられないくらい立体的な音響が立ち上がっていきます。第3楽章の興奮したコーダを、大きな上昇曲線を描いて金管隊が貫いてゆく有り様!

《海》は…理想的だった。技量とかアンサンブル能力とかではなくて、構造が。
ドビュッシーの中でも特にこの《海》という作品は複雑で自由度の高いプラモデルみたいなもんだなと思っています。パーツは一見、何を意味するのかわからないような形をしているが、説明書通りに組み立てればいちおうそれらしいモノになる。けど、パーツをペンチで切り離して、接着剤を塗る前に、パーツ自身の役割を地道に一つ一つ認識しないと(パーツ同士をくっつけた時に階層化を怠ると)酷いことになってしまう。

この演奏では、その完璧なパーツ認識がオケの隅々にまで徹底されたのではないかと思う。自分が今この瞬間に弾いている音が何なのか、トゥ氏はよくコーチして、群響でもそれを認知した、言ってしまえばたぶんそれだけだと思うのだが、出てくる音響の豊饒さは筆舌に尽くしがたい。
11時45分から正午にかけての素早い歩みと全方位的爆発、そして〈嵐と海との対話〉での凶暴な描写には鼻水が出るくらい感激したけど、特に〈波の戯れ〉は本当に素晴らしかった!何本もの波が重なりあって砕け、合一する、あの豊かな音響はしばらく忘れられそうにありません。最後は感激して久しぶりにブラヴォを飛ばしちゃいました。

+ + +

トゥルノフスキーは、オケをこう突けばこういう音が出る、というのを完璧に熟知しているものと思われます。こういう人を巨匠って呼ぶんじゃないのか。
by Sonnenfleck | 2009-03-25 06:19 | 演奏会聴き語り
<< 無手勝広報係~宗次ホール編 ファーストグノー⇔ファウスト >>