スコラ・カントールム 《聖ペテロの涙》@武蔵野市民文化会館

c0060659_0492677.jpg【2009年3月28日(土) 18:30~ 第18回定期演奏会/武蔵野市民文化会館小ホール】
●ラッスス:宗教的マドリガーレ《聖ペテロの涙》
●ヘンデル:《ディキシット・ドミヌス》 HWV232
→朴瑛実(S)、狩野芳子(A)
  桐山建志・大西律子・鍋谷里香・磯田ひろみ(Vn)
  上田美佐子・長岡聡季(Va)
  高群輝夫(Vc)、櫻井茂(Kb)
  今井奈緒子(Org)、水永牧子(Cem)
⇒野中裕/スコラ・カントールム


もしかしたら歩いていけるかなあ、、と思って出発したら、少し時間はかかったけどちゃんと辿り着けた武蔵野市民文化会館。未踏ホーもついに制覇だ。

相変わらずモンテヴェルディ以前を苦手とする自分ですが、そこから変わらなければならないこともよくわかっているつもりなので、あえて無伴奏合唱に挑みました。モンテヴェルディから時代はそんなに遡らないけど、ドンチャンドンチャン騒ぐことなんか絶対にないと思われるラッスス。ペテロの否認がテーマならばきっとわかり易かろうと思ったのもあるし、今年の四旬節は受難曲を聴きにいく暇が到底なさそうなので。

果たして―これがなかなかよかった。
《聖ペテロの涙》はラッスス最後の作品で、イタリア語テキストが20曲+ラテン語テキストが最後に1曲の合計21曲を、約60分で歌いきる極めて長大なマドリガーレ集。当日のプログラムノートによると「少人数のアンサンブルでも、楽器を入れて色彩感を加えてもよし」らしいのだけど、この日は曲の本質を十分に引き出すため、アカペラで取り上げたみたい。
その結果、確かにストイックなモノトーンではあるのだけど、そのかわりラッススが頭の中で鳴らしていたであろうキメ細やかなグラデーションが浮かび上がってきていたように思う。椅子の上で拘束されて聴き込んでいると、徐々に墨の濃淡のようなものが味わえるようになってくる自分がおりまして、、これは僕の中では大変重要な一歩であります。バッハの《マタイ受難曲》の聴きどころが掴めずにいたころ、ホールで逃げ出すことができない状況下に置かれて初めて作品の魅力に気がついた経験がありまして、よーく似てるんだなこれが。

スコラ・カントールムさんというところは全部で30人くらいの小規模の合唱団で、早大と日本女子大の合唱団が母体であるらしく、今は半プロ半アマみたいな感じなのかな。何しろ1時間の長丁場を無伴奏で突き抜けるので、20曲目・21曲目になるとアンサンブルに乱れが出て単語が聴き取れない箇所もあるにはあったけど、総体として振り返れば予想していたよりもずっとハーモニーが美しく(特に男声)、聴き応え十分でした。
墨の濃淡の中に、たとえば「雄鶏 il gallo」という単語にきついアクセントを施したりするこだわりも見えますし、前21曲を7曲ごとに区切って沈黙を挿みながら進行する工夫も効果的だったと思います(沈黙の後の音楽は、乾いたパンにスープが沁み込むようだ)。ルネサンス・ポリフォニーに詳しい方ならば、さらに多くの隠し味を発見されたことでしょう。

+ + +

で、小麦の味がする乾いたパンをじっくり噛み締めて味わった後に、あえてダブルクォーターパウンダー・チーズを注文するだろうかという話。
今回のヘンデル《ディキシット・ドミヌス》はオケのメンバーも豪華ですし(チェンバロは偶然にも水永さん)、第6曲以降の技巧が凝らされた演出も、ヘンデルそのものとしてはとてもうまくいっていたと思う。Conquassabitとかね。でもそれゆえに、ラッススの後では心の底から白けてしまって、あまり拍手もできずホールを立ち去ったわけでした。繰り返しますが、ヘンデルとしてはとてもいい演奏だったと思います。けど、ラッススだけじゃダメだったのかな。。
by Sonnenfleck | 2009-03-31 06:32 | 演奏会聴き語り
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