熱狂の復習―5月5日(火)

c0060659_8441950.jpgいよいよ最終日です。夜までもってほしかった天気、思いも空しく昼すぎからポツポツとし、夕方にはザーザー。

【351】5/5 1000-1045 ホールD7〈ミュールハウゼン〉
●ブクステフーデ:Vn+Gam+BCのためのソナタ ヘ長調 op.1-1 BuxWV252
●C.P.E. バッハ:6つのトリオ・ソナタ Wq.89~第2番
●ブクステフーデ:Vn+Gam+BCのためのソナタ ト長調 op.1-2 BuxWV253
●ゴルトベルク(伝バッハ):2つのVnとBCのためのソナタ ハ長調
⇒トリオ・ショーソン


こういうガチな作品をモダン楽器のモダン演奏で聴くのは、今回のLFJではこの公演だけに絞っていましてです。ヲタ的には面白い体験になりました。
トリオ・ショーソンは昨年のシューベルトのPfトリオの演奏ですっかりファンになったグループです。はっきりいってかなり優秀なアンサンブルなのですが(僕は彼らのショスタコーヴィチをぜひとも聴いてみたい)、メガネ男子3名が相変わらず楽しそうにアイコンタクトを交錯させながら、ブクステフーデもCPEもゴルトベルクも全部彼らの流儀で演奏してしまいます。

つまり、彼らはアーティキュレーションを無理にピリオド化しません。VnとVcはガンガンにヴィブラートを掛けるし、Pfは(多少の装飾は入れていそうなものの)表情の多くをデュナーミクやペダリングに拠っています。それが「大古楽祭り」の中では逆に新鮮で、彼らの流麗なスタイルによってたとえばブクステフーデの古雅なテクスチュアが再現されると、一気にシューマンみたいな翳りが現出。その空気の濃密さに変な汗が出る。
そろそろ一回転してこういうのを真面目にやる(そしてそれが大いに成功する)モダンのアンサンブルが出てくるんじゃないかと思ってるんですが、トリオ・ショーソンは自らこの企画を立てたのだろうか?それともマルタンの仕込み?

【322】5/5 1115-1200 ホールB7〈ケーテン〉
●ラインケン:トリオ・ソナタ集《音楽の園》~パルティータ第1番イ短調
●ブクステフーデ:2Vn+Gam+BCのためのソナタ ハ長調 BuxWV266
●バッハ:Gam+Cemソナタ ホ短調 BWV1023
●ゴルトベルク(伝バッハ):2つのVnとBCのためのソナタ ハ長調
⇒リチェルカール・コンソート
  フランソワ・フェルナンデス(Vn)、ソフィー・ジェント(Vn)
  フィリップ・ピエルロ(Gam)、エドゥアルド・エグエス(Lt)、フランソワ・ゲリエ(Cem)


同じようにトリオ・ショーソンからハシゴされた方、いらっしゃいますか。
偶然にもほぼ同じ編成の作品が並んだことから、この午前は「右の新星vs左の重鎮」みたいな構図になりました。左の重鎮さんたちは、ナチュラルに巧すぎてコメントのしようがない。今回のようにまとめていろんな古楽アンサンブルを聴くとそれぞれの個性が浮かび上がりますけど、ピエルロがガンバを弾いて参加するときのリチェルカール・コンソートは響きが適度に湿っていて、まさしく呼吸するように音楽を流します。
それから、右にも左にも柔軟に嵌り込むブクステフーデの奥深さに感激した。

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【343】5/5 1400-1445 ホールC〈ライプツィヒ〉
●バッハ:カンタータ第93番、第178番
⇒ピエール・アンタイ/ル・コンセール・フランセ


【344】5/5 1545-1645 ホールC〈ライプツィヒ〉
●J.L. バッハ:組曲 ト長調
●ペルゴレージ:《スターバト・マーテル》
⇒ヘンドリックス+テンスタム+ドロットニングホルム・バロック・アンサンブル


【366】5/5 1730-1815 G402〈ヴァイマール〉
●W.F. バッハ:鍵盤作品
⇒モード・グラットン(Cem)


【336】5/5 1930-2015 ホールB5〈リューネブルク〉
●曲目不詳(どなたか教えてください)
⇒ヒューゴ・レーヌ(Ft)+ピエール・アンタイ(Cem)


体力的な問題も確かにあったけど、思うところあって友人にチケット譲る。

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【368】5/5 2045-2130 G402〈ヴァイマール〉
●マルシャン:前奏曲 ニ短調
●シャンボニエール:パヴァーヌ
●マルシャン:シャコンヌ ニ短調
●L. クープラン:組曲 ハ長調
  ~前奏曲、アルマンド、クーラント、サラバンド、パッサカリア
●ダングルベール:前奏曲
●シャンポニエール:サラバンド
●ロワイエ:組曲 ハ短調~アルマンド、〈スキタイ人の行進〉
 ○L. クープラン:組曲 ヘ長調~〈ブランクロシェ氏のトンボー〉
⇒スキップ・センペ(Cem)


雨の降りしきる中、またも有楽町駅に降り立って、ガラス棟のエレベータで4階へ。
開場まで時間があったので、昨年からの疑問を晴らすべく、Rakastavaのshuさんと思われる方に思い切って声をお掛けしました(実は4日のレツボールでもタイミングを見計らっておりました)。もし人違いであったらただの危ない人に終わる恐れもありましたが、、幸いにも予想的中。お会いできて嬉しかったです。ブログ名がセンテンスであり、おまけにHNも長いので、自己紹介がちょっと恥ずかしい(笑)
さて自分としては2009年のLFJにおける最大のイベントなので、期待も思い入れもヒトシオです。思えばフランソワ・クープランを取り上げて以降、このブログでもセンペを追ってきたわけですが、ようやくこの日、センペのソロと合間見えることとなりました。

ガラス棟402は100席程度の小部屋で、チェンバロを聴くには最高のロケーション。あの部屋に集まったお客さんたちも普通のリラックスしたLFJ民とは明らかに様相が違っていて、異様な緊張感が漂います。マジで聴きたい人しか来てない感じ。

ひとつひとつの感想を書くには力が不足しているので、1つの頂点について触れます。
それはルイ・クープランのハ長調の組曲の終曲・パッサカリア。かつて触れたルイ作品集(Alpha)の最終トラックに収まっている作品ですが、当夜はこれが言葉にならないほど強烈な演奏でありました。緩慢にして感傷的な主題が波のように押し寄せて、遠くへ行って、また戻ってくるたびに少し姿を変えて…この「パッサカリア萌え属性」を刺激する枠組みの中に、センペは一歩引いてスマートな装飾を入れてゆきます。装飾の輝きによって枠は若干の膨張を見せるものの、しかし枠が壊れるような「爆演」までは絶対にいかない。枠が壊れるのはルイ・クープランの古雅な様式に相応しくないから。
ところが、最後の変奏がやってくる。
憂鬱ながらも何かを決意したような長調でやってきたこのパッサカリアは、最後の最後で天地が逆転したかのような暗黒の短調に落ち込むんですよ。ここでついに、センペは猛烈なリタルダンドを掛けて枠を破壊します。感傷的主題の色味がすぅっと抜けて、空に灰色の雲がかかる様子を、目の前で体感してしまった。魔術的なシフトダウン―。

ロワイエの〈スキタイ人の行進〉は鉄板な超絶技巧ピースで、センペの「鬼才」タグを十分に満足させる内容でした。およそチェンバロからは聴こえてきたことのないような轟音で、まだ上に、まだ上がるのか、という。もう笑うしかなかったですよ。

アンコールでまたもルイ・クープランをやってくれたのが、個人的には大変嬉しかった。
この曲はやはり上に挙げた作品集に収録されてまして、しかしながら当夜の演奏はその録音よりもずっと横方向に強く引き伸ばされておりました(特に、恐らくトンボーゆえに頻出する問い掛け調のパッセージにおいてです)。深い時間のそれは強い酩酊感を伴う。

終演後には客席にいた曽根麻矢子さんからワインのボトルがプレゼントされ、上機嫌でした。この公演は伝説的だったかもしれない。また日本に来てくれるだろうか?センペ?

【369】5/5 2215-2330 G402〈ヴァイマール〉
●バッハ:《ゴルトベルク変奏曲》ト長調 BWV988
 ○同:コラール《イエス、わが信頼》BWV728
⇒小林道夫(Cem)


この曲で閉じたかった。
小林道夫氏のゴルトベルクをずっと聴いてみたかったんだけど、年末の公演は時期的に厳しくてずっと果たせずにいました。LFJの最終公演にそれが企画されているのを知って、あの雰囲気の中で聴くのはどうなのかなと思ったのは事実―。しかし実際のところ、コルボのマタイでもBCJのヨハネでもなく、あえてこの公演を最後に選んだことに意味を感じているお客さんがほとんどだったみたいで、とても静かな幕切れとなりました。

今年で76歳になんなんとする小林氏の技巧を、単純に1時間前のセンペと比べるのは意味がない。細かい16分音符は音の升目から溢れてしまうことが多くて、しかしそれを最も辛く思っていらっしゃるのは本人だというのが、時折浮ぶ苦悶の表情から窺われます。
しかしその一方で、老獪なアーティキュレーションもあちこちに現れるのです。昆布でダシをとったようなアリアの素朴な味わい(つまり、かなり決然と進行する)。第16変奏のわずかな華やぎ、第22変奏から一段階ボルテージを上げるも、痛切な第25変奏でリュートストップを用いてあちこちをスパークさせることにより時間が止まったような効果を生み出します。
そして第30変奏〈クォドリベット〉。飾り気のない語り口に胸が熱くなって、涙が出てくる。最後にアリアが帰ってくるところも同じで、大仰なテクニックのひけらかしも歌に関する熱いパッションも、特にこの作品の前ではあんまり役に立たない。

拍手に呼び出された小林氏。「アンコールにゴルトベルクを弾いたピアニストをご存知ですか。―ルドルフ・ゼルキン。終わったときには2人しか残っていなかった」とゆったりした笑いを誘い、「今日は数分の曲を弾きます」とおっしゃって、最後にコラール《イエス、わが信頼》を。
これは「バッハ、わが信頼」ではなかったか。
チェンバリストが最後に聴衆へ向かって一言、「おやすみなさい」。
by Sonnenfleck | 2009-05-10 08:55 | 演奏会聴き語り
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