沼尻竜典/日フィル 第610回東京定期演奏会:バター醤油。

仕事のお付き合いで草野球が予定されていた土曜日。
しかし関東に木金と降り注いだ雨のためにグラウンドが使えなくなって中止となり、結局いつものように草食男子室内遊戯のための週末となりました。やったね。。

c0060659_6214195.jpg【2009年5月30日(土)14:00~ サントリーホール】
●マーラー:交響曲第10番~アダージョ(全集版)
●R. シュトラウス:《アルプス交響曲》
⇒沼尻竜典/日本フィルハーモニー交響楽団


前回東京を離れて以来、なぜかずっと縁がなくて、丸三年ぶりのサントリーホールでした。あのうら寂しいサブウェイがなくなってる!日フィルを聴くのも本当に久々で、この前は、同じく沼尻のタクトで《抒情交響曲》を聴いたのが最後ではないだろうか。

さてマエストロ沼尻のこういう曲目は、まったくもって聴き逃せません。今回もまた、浪漫的陶酔感を魔術的に合成するこの指揮者の手で、(予想していた通りの)青白く燃えるような静けさが感じられる公演となったわけです。

マーラー第10のアダージョは、数ヵ月前のジンマン/N響による柔弱クリアな演奏が記憶に新しいものの、それに対してこの日の沼尻/日フィルはバター醤油とでも表現したらいいだろうか。ただの醤油ならそれこそ日本中に掃いて捨てるほどいるわけだけど(失礼)、シェフ沼尻の面白いのは、ちゃんと響きにコクがあるという点です。名フィルとのマーラーびわ湖サロメもそうだったように、19世紀末煮こごりミュージックに欠かせない響きの豪華さや濁りを、進境著しいマエストロのおかげで日本にいながら日常的に聴くことができるのは幸せです。

絶叫コラールの金管群にコクと透明感が共存していたのにはさらに驚きでしたが、残念ながらそのあとは厨房が息切れ。。総料理長の指示にコックたちがうまくついていけず、生ぬるい平凡なアーティキュレーションに終始していたということは書いておかなくちゃと思います。前々から、日フィルはこういう最後の詰めが甘いために踏ん張れないことが多いなあと思っていましたが、残念ながら数年前の認識を新たにしてしまうこととなりました。

後半は《アルプス交響曲》。あんまり生で聴く機会はない。
同様に轟音と複雑なテクスチュアに支配された「カテキョー」とは決定的に異なるアルペンの魅力、、これは最後の10分間ほどの、ほとんど宗教的と言ってもいいような静謐な時間に理由が求められます。
この日の演奏は、轟音部分にトゥッティが色めき立っていかにも楽しげな演奏になっていた一方(コバケンといいラザレフといい、たぶんこのオケはこういうのが好きなんだ)、件の10分間がほぼ文句なしに抑制され、炭が奥の方にちらちらと火を保持するような美しい音響が続きました。ここでもやっぱり金管たちの健闘が際立っていたと思う。ただそれとは逆に、1stVnは単に気合いが抜けてしまったみたいに音がスカスカになってしまい、いとも残念度高し。

プレトークでの広瀬大介氏のコメントが功を奏したか、前後半ともに静かな終わり方をする本日のプログラムにあっても、お客さんたちは拍手のタイミングにちゃんと気を配り、後味のよい終わり方でありました。土曜日午後なのに六割の入り、そしてこのタイミングで正指揮者・沼尻を手放す日フィルには、この先もいくつかの困難が立ちはだかっているようにも思いますが、頑張ってほしいものです。
by Sonnenfleck | 2009-06-01 06:23 | 演奏会聴き語り
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