折り重なる訃報たち

◆宮下誠氏(國學院大學教授)
ウェブ上ではいまだ正式な死亡記事を目にしていないので、半信半疑です。
しかし、親しくされていたMr.Mさんご夫妻や、「LINDEN日記」の林田さんの書かれたエントリを拝見していると、ああ本当なのだなあと思わざるを得ない。な。
彼の著作である『迷走する音楽』、『20世紀音楽』、『20世紀絵画』、『「クラシック」の終焉』は、「作品」として、いずれも大きな価値のあるものばかりだったと思う。僕は『終焉』のあり方にほとんど共感できなかったから、それ以降の『カラヤンがクラシックを殺した』や『ゲルニカ』は読んでいないけど、彼自ら何らかの体系を構築していこうとする姿に、今では評論性よりも作家性を強く感じていました。
何度かメールでのやり取りもさせていただいたことがありましたが、文章に漂うアクの強さに反して、とても誠実な方でした。まだお若かったはずです。

黒田恭一氏(音楽評論家)
こちらは、「LINDEN日記」の林田さんが書かれた追悼文を見てもう何も言えなくなってしまったけど、僕にとっては、駆け出しのころに「20世紀の名演奏」でゆっくりと伴走してくださった素敵なおじさまでした。クロキョウさん、と、面識もないのについ呼びかけてしまうのはそのせいなのだ。どうぞお気持ち爽やかに、ゆっくりとお休みください―

ボリス・ポクロフスキー氏(演出家)
2005年、新国立劇場の中劇場で《鼻》が上演されたとき、すっかり浮かれていた僕の前をよろよろと横切っていく太った老人の姿が目に入りました。僕の脳ミソは彼こそがポクロフスキーなのであるという記憶を勝手に作り上げているけれども、そうであってほしい。
《鼻》のザラリとした苦み、スラップスティックによる乾いた笑い、それからちょっぴりのホラー風味を、(もし記憶が真実であるなら)御大直々の演出で体験することができたのは、何物にも代えがたい喜びでした。ショスタコーヴィチを知る人がまたひとり鬼籍に入ってしまった。1912年のモスクワに生まれ、帝政からスターリニズムを体験し、人民芸術家にもレーニン勲章にも輝いて、ソヴィエトの崩壊とプーチンまで見届けた末の97歳の大往生。合掌。

小山清茂氏(作曲家)
偉大なる日本国民楽派、95歳の大往生。《管弦楽のための木挽歌》で送る。

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昨夜は寝入る前に、サヴァリッシュ指揮のバイエルン放送響で、シューマンのレクイエムを聴く。メソメソしたくない気分に合うレクイエムはシューマンくらいなものだと思う。
by Sonnenfleck | 2009-06-09 06:20 | 日記
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