[カルミナ・ウィークエンド]第4日:The Challengers

c0060659_6312478.jpg【2009年6月13日(土) 18:00~ 第一生命ホール】
<第4日 The Challengers―挑戦する者>
●バルトーク:弦楽四重奏曲第2番 op.17
●シャーンドル・ヴェレシュ:弦楽四重奏曲第1番
●ダニエル・シュナイダー:弦楽四重奏曲第3番《日は昇り、日は沈む》
●ラヴェル:弦楽四重奏曲ヘ長調
 ○ドビュッシー:弦楽四重奏曲ト短調 op.10~第3楽章
 ○ジミー・ヘンドリクス:《紫のけむり》

⇒カルミナ四重奏団
   マティーアス・エンデルレ(1stVn)、スザンヌ・フランク(2ndVn)
   ウェンディ・チャンプニー(Va)、シュテファン・ゲルナー(Vc)


金土と聴いて―どちらも素晴らしかったのだけど―やはり土曜の公演の完成度は、いくら思い出しても惚れ惚れとしてしまう。
しかしその中でも特に、バルトークとヴェレシュの異様な緊張感が強い印象を残しているのです。この日のプログラミングからは断裂から平明への流れがきれいに窺えましたが、前述したような球面の方法で「断裂」を表現するという、スリリングな時間航行を最初に体験してしまうと、ラヴェル一流の「平明」も少し色褪せてしまっていたように感じました。
もしかしたらバルトークの表面はもっと泥のように、草いきれのように、救いようもなく荒れ果てていた方が好みだという人もいるかもしれない。でも今回のカルミナは、バルトークの核にある超硬度インテリ質みたいなものを抽出して、それでもって球体の表面を硬くコーティングすることを選択していました。僕はバルトークの野生よりも彼のインテリ質のほうにより強く惹かれるものですから、この手法は願ったり叶ったりで、、冷え切り固まり切った第3楽章の和音に背すじを撫でられるのはたまらなく心地いいのでした。

ヴェレシュの作品はバルトークの第2カルテットの13年後に作曲されているにもかかわらず、お師匠さんより柔和で人懐こい表情が魅力でありました。ドデカフォニー寄りではあるものの、マチエールにはラプソディックな主題が懸命に散らしてあり、それを誠実に実現させてゆくカルミナの面々。
ただ、彼らは単純に几帳面に楽譜を起こしていくだけじゃない。当然。
これは一部のカルテットにしばしば感じてしまうことなのだけど、手持ちのポイント100点25+25+25+25で分配したって弦楽四重奏は面白くないってことに気づくべきでは、と。100点80+20にしたり、100+0にしたり、33+33+33+1にしたり、そういう思い切りの良さがカルテットを面白くするのだし、カルミナQはこの配分センスが特に優れているなあというのが、今回の一番強い感想かもしれない。ポイント自体が500点だったり1000点だったりするわけじゃないんだけどね。

シュナイダーのカルテットは魅力的な箸休め。2002年の作みたいだけど、かなり意図的にアカデミックなところから逃げていて、肩肘張らないショウピースとして楽しむのみです。第3楽章の多彩なリズムはさすがのカルミナもちょっと額に汗といった感。

大トリのラヴェルは少しハードボイルドではあったけども、自分としては予定調和時空の範疇で、あえて語るべきことは何もありません。ラヴェルらしい気取り、気取りを客観視する冷たさ、この分裂を内包しつつやっぱり球面でした。若手カルテットだったらきっと肩に余計な力を入れてしまうところを。

+ + +

ああ、だがアンコールは、予定調和ではなかった。
この偉大なプログラムを駆け抜けて、アンコールをやるにしてもさすがにモーツァルトの軽いアダージョくらいだろうとおもっていましたら、1stのエンデルレから"Claude Debussy..."の声。ドビュッシーのアンダンティーノはまさしく、ぴっしりと一分の隙もなく完結していました。こんな演奏の前にいったいどんな言葉を弄すべきだろうか。冷汗を出すのがやっとだよ。

そしてよもやの、ジミヘン。《パープル・ヘイズ》。
クロノスQのCDでしか聴いたことがなくて、いやしかし、当夜はあのような生ぬるい演奏ではなく、3人のつんのめるような律動の上で、エンデルレのVnは完全にエレキを纏っていたのだった。おクラシックが寝んねしたあとの何か。客席からの歓声はフォォォウ!ヒャハー!であった。あの感じはちょっと忘れがたいな。
by Sonnenfleck | 2009-06-16 06:35 | 演奏会聴き語り
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