天野こずえ『ARIA』(全12巻)、2002-2008年、マッグガーデン
マンガなんか読まなそうな硬派な友人が読んでいたので、何かある作品だなと思って、とりあえず第1巻と第2巻だけ買ってみたのです。そしたらこれが大当たり、、怒涛の有引力により全巻一気買いせざるを得なくなったのだった。 西暦2301年、人類は火星を改造して、地球とほぼ変わらない水の星にしている。極冠の氷が大量に融けたことによって地表の9割が水に覆われ、「AQUA」という新しい名前を手に入れた火星には、今では多くの人類が移り住み、島嶼部には街が作られている。そんな街のひとつ「ネオ・ヴェネツィア」でゴンドラの漕ぎ手になった女の子が、一人前に成長してゆくお話。 この作品はスポ根でもラブコメでもミステリでもSFでさえもない。作中は全編メゾピアノのようにして起伏は緩やか、嫌な人物や嫌な出来事はひとつも登場せず、脂も毒もなく、小学校の道徳のように適度に倫理的な世界。その中で主人公が人間関係を構築したり、休暇に遊びにでかけたり、季節感を感じたり、ただそれだけのマンガであります。 このように言い切ってしまうと、絵柄がいかにもかわいらしいのもあるし、ヲタク保守本流の人が現実逃避するための作品かとお感じになるかもしれません。しかし何と言ったらいいのか、、単純な逃避感よりも、ここからまったくシンプルな実直さや平易さの成分を分けてもらうことによって、再びリアルワールドに立ち向かうための力を得る、そういう強い作品だと僕は感じるのです。 ここに誉め言葉として、作者の強烈な作為を認めないわけにはいかない。実直で素直な世界として中途半端でない硬さで完結しているために、ダーティなものごとにまみれたリアルの人間がぶつかっていっても、疑念や臭みを感じさせないのだと思う。全12巻できっぱりエンディングを迎えているのも清々しいところです。この完結感。(もし『のだめ』が日本編で幕を下ろしていたら、佳品としてずっと評価されていくことになったかもしれない。ボソ。) さらに、作者が女性だからなのかもしれないけど、人体の柔軟な描写に驚かされるし、それも含めた上で小さなコマの中に力強い構図が出現しているのも、この作品を評価したいポイントなのです。作中の「ネオ・ヴェネツィア」は、海面水位上昇によって海に沈んだ地球のヴェネツィアを完全に模して作られた、という設定なので、自然とヴェネツィアの建築物や夕映えの海の風景が多く描かれることになりますが、いずれも奇を衒わないストレートな美しさに満ちている。この作者さんのことはこれまで知らなかったけど、相当な画力がなければあのような描写は不可能だと思います。無理なく眼に優しいんですよ。 空気感はモンポウのように緩やか、旋律はセヴラックに似て質朴、時にドビュッシーのようなミステリアスな和音も見せる、なかなか厚みのあるマンガです。日常が汚れてしまったなあと感じているあなたにオススメ。
by Sonnenfleck
| 2009-07-03 06:45
| 晴読雨読
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