ミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊@オペラシティ(11/5)

快楽瞬間沸騰型のコンサートの感想文を今から書く必要があるのかという気もするが、年度を越す前に簡単に書いちゃおう。

c0060659_2294685.jpg【2009年11月5日(木) 19:00~ 東京オペラシティ】
●ラモー/ミンコフスキ:もう一つのサンフォニー・イマジネール
* 『カストールとポリュクス』序曲(1754年版)
* 《ゾロアストル》(1756年版)より
 〈エール・タンドル・アン・ロンド〉(第1幕第3場)
* 《レ・パラダン》より〈怒りのエール〉(第2幕第8場)
* 《優雅なインドの国々》より〈アフリカの奴隷たちのエール〉、
 〈太陽への祈り〉、〈西風の神へのエール〉、
 〈西風の神への第2のエール〉、〈北風の神へのエール〉
* 《アカントとセフィーズ》序曲
* 《カストールとポリュクス》(1754年版)より〈エールI・II〉(第2幕第5場)、
 〈ガヴォット〉(第3幕第4場)、〈タンブーランI・II〉(第1幕第4場)
* 《ピグマリオン》より〈彫像のためのサラバンド〉
* 《アカントとセフィーズ》より〈リゴードン1・2・3〉(第2幕第6場)
* 《カストールとポリュクス》(1754年版)より〈シャコンヌ〉(第5幕第5場)

●モーツァルト:セレナード第9番ニ長調 K320 《ポストホルン》
〈付〉行進曲ニ長調 K335/1(K.320a/1)

○ラモー:《優雅なインドの国々》より〈トルコの踊り〉
○モーツァルト:セレナード第7番ニ長調 K.250 《ハフナー》より第4楽章〈ロンド〉
→Thibault Noally(Vn)
○グルック:バレエ《ドン・ジュアン》より〈怒りの舞〉

⇒マルク・ミンコフスキ/ルーヴル宮音楽隊


この日は午後から有給休暇を取得し、アートギャラリーでヴェルナー・パントン展を見たり、面影屋珈琲店でぼんやりして、そのときに備えた。

で、2時間半におよぶパフォーマンスの内容によって得られたもの。
強烈な快感、だけじゃなくて、そこに深い絶望感がくっついてきたんだな。
ノッてやろうぜノらせてやろうぜ!という自信満々の押し出しの強さ。これがミンコフスキ/ルーヴルの本質のひとつであった。こうしたノリのラモーをライヴで、しかもあのように巨大な編成で聴くことは、いまの日本の古楽シーンではまず叶わない(あの、大きく筋肉を使った奏楽の姿からして全然違う)。

たとえば青白く燃える精妙なバッハであればたぶんBCJに一日の長があるけれども、それ以外の側面においてはまったく大人と子どもくらいの差が見えてしまった。
この場合は「どちらもいい」というきれいごとは書きたくない。「どちらもいい」というのは、どちらのタイプも存在した上でないと説得力がないんだからな。日本の古楽界は先鋭的・意欲的な小アンサンブルを除き、総体的には能面古楽としてガラパゴスの島々のように取り残されるよりほかにないのか。戦後に来日した一流のフルオケを聴いた人たちはこういう気持ちになったんだろうか。

+ + +

ラモーの細部について書くことにはあまり意味がないと思った。
アルバム「une symphonie imaginaire」が生です、もっと情報量が多いです、といったふう(曲順等は微妙に異なったけれども)。

彼らのモーツァルトは、いかにも軽佻浮薄で、とっっっても好きです。ト短調とジュピターのアルバムで聴かせていたシリアスも造られたシリアスだったようで、《ポストホルン》のように展開単位が小さい組曲になると一気にフランス革命前の気分にコネクトされてしまうのがまた不思議愉しい。
※少し前のottavaで林田さんが、ロマン派音楽を理解する上で欠かせない資料として山川の『フランス革命の社会史』を取り上げておられた。ここらはちゃんと勉強し直す必要がありますな。

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明日3/19の「芸術劇場」で、11/6のハイドンの公演が放送されるようです。
by Sonnenfleck | 2010-03-18 22:15 | 演奏会聴き語り
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