ブロムシュテット/N響 第1671回定期公演Cプロ(4/17)

長引いている謎の咳を診てもらうため早くに家を出ると、外にはまだ前夜の雪が残っていました。郷里で過ごしてきた「4月」はおずおずとしているのが常だったから、初めて上京したとき、春の人懐っこさと力強さに衝撃を受けたが、今年の東京の「4月」はまるで北国のようによそよそしい。

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c0060659_9383813.gif【2010年4月17日(土)15:00~ NHKホール】
<ベートーヴェン>
●Pf協奏曲第5番変ホ長調 op.73 《皇帝》
→ルドルフ・ブフビンダー(Pf)
●交響曲第3番変ホ長調 op.55 《英雄》
⇒ヘルベルト・ブロムシュテット/NHK交響楽団


咳を(幸い、「謎の」は取れた)抑える薬を飲んで、NHKホールに向かう。
一ヶ月前のインバル/都響のベートーヴェン・プロ(皇帝+運命)とは、いきおい、比較関係になるのだが、あのときとはまるで正反対の音楽が存在することになったのだから、つくづくベートーヴェンって面白いなあと思う。
(後半は薬由来のひどい眠気に襲われてしまったために、誠実な鑑賞態度を維持できなかったので、今回は前半に関してのみ感想文を書きます。)

《皇帝》は華々しいけど奥行きのない作品だなあと、正直、思っていた。
炭水化物系のたとえを使うなら、チーズがごってりと乗ったパンだとか、二郎の麺だとか、そういうものをイメージしていた。でもこの日の演奏は、ひとことで表すならおコメの《皇帝》だったと言える。この作品がこんなに飽きの来ない、聴き疲れしない姿になることがあるんだなあ。

まず第1楽章の最初の和音を聴いて、つややかなのに非常に透き通っていることに驚く。確かに編成が小さかったし、響かないホールで聴いているから、そもそも豊麗な響きにはならないんだろうけど、どうもそれ以前にブロムシュテットがかなり細かくバランスをいじっているような気がする。でも、おうおうやっとるわい、、というあざとい雰囲気にならないのが最近のブロムシュテットの面白いところだと思います。
要するに、炊き立ての白米の中に、管楽器の「オコゲ」が顔を覗かせたりする絶妙のバランスが幾箇所も聴かれたというか。もとは同じ白米であるところの「オコゲ」であって、決して梅干しではないというか。

第2楽章第3楽章は異様に精緻で、コンチェルトグロッソのような認識のフラット感+実音響の多層感が、心にドキドキ、かつ耳に心地よい。
このように聴こえる理由はピアニストのブフビンダーにも求められそうな気がしました。第3楽章のはしゃぎがちなロンド主題においてすら、ほとんど浮上してこない潔さ(悪く言えば目立ちたがらなさ)が、自らをして、やはり梅干しではなく「オコゲ」としてキャラクタライズする。フラットエンペラー。20世紀の皇帝は死んだ。
by Sonnenfleck | 2010-04-24 09:11 | 演奏会聴き語り
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