【2010年5月17日(月)19:00~ サントリーホール】
●オネゲル:交響曲第4番《バーゼルの喜び》 ●ラヴェル:Pf協奏曲ト長調 →北村朋幹(Pf) ●ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調 op.47 ○プロコフィエフ:組曲《3つのオレンジへの恋》 op.33bis ~第3曲〈マーチ〉 ⇒ティエリー・フィッシャー /名古屋フィルハーモニー交響楽団 月曜日のソワレなんてホントに絶望的だったのですが、運良くうるさい上司が全員出払ってくれて、ほいほいと溜池山王へ(ミラクル1)。 そうして当日券の列に並んでいたら、まるで冗談みたいなんだけど、僕の目の前で非情の完売コール。 途方に暮れていると、今度は親切なおじさまが、来られなくなった友人のチケットを譲ってくれると(ミラクル2)。もう、これはクラシックと名古屋とサントリーの神様のおかげに違いない。。おじさまに全力で感謝。。 + + + さて、自分の贔屓がみんなに発見されることほど嬉しい出来事は、そんなに多くない。これまでこのブログでは、フィッシャー+名フィルの良さを微力ながらも伝えてきたつもりであります。この夜をもって彼らが東京の楽壇に「実際の」姿を現し、また聴衆を虜にしたことは、その良さが認識されるのを十分に扶けたものと思う(悔しいけれど、日本のクラ世論の中心はたぶん東京だ)。 オネゲル《バーゼルの喜び》ではまだ十分にエンジンが掛からない。第1楽章冒頭は薄い弦がふらふらっとしていかにも頼りなげだったけど、終盤のタムタムに乗せる透明なパッセージのあたりから、僕の知っているフィッシャーサウンドが現れます。 第3楽章では顕著に、この数年で名フィルがちゃんと進化したことがわかる。フィッシャーの要求する小股の切れ上がった鋭いリズムがクリアされていく様子…。これは、かつて聴いたフィッシャー+名フィルの《ダフニスとクロエ》の「あと一歩」感が、確実にブラッシュアップされた結果と思われて、何かとても嬉しいのです。 続くラヴェルの協奏曲、いよいよ親方の本領発揮ですね。 ソロの北村くんは青年っぽいシンプルなロマンティシズムに不思議な粘り気が伴って、当方の予想を裏切る。その粘性を推進力燃料に変換して、強く主張するのがこの夜の伴奏だったんだよなあ。 前面に出て個性的な表情で歌う木管(ティモシー君に代わる新しいクラの人がクール!)、いくつも仕掛けられた急激なアッチェレランドに負けない足腰を身に付けた弦楽陣(低弦の敏捷な身ぶりには驚かされた)、いずれもハイレベルでした。 フィッシャー特有の冷たく湿ったような音色は、ここでは第2楽章にくっきりと出現した。あれがコンスタントに聴けるのは名古屋クラシーンの特権。 + + + そして休憩後、タコ5ですよ。これが本当に面白い名演奏であった。 この有名な交響曲において伝記的要素を顧慮しないことは、とても勇気の要る判断だと思う。フィッシャーは墓銘碑も強制された歓喜も何もかも打っ棄って、純粋なバレエ組曲のように、あるいはモーツァルトのように、ニュートラルな愉悦を造形することに全力を投じていたように思う。モダン! 第1楽章冒頭がスピカート気味に跳ねたところから予感はあったけども、展開部の気楽な咆哮にもびびっていてはいけない。 驚くべき諧謔ゼロフリーを達成した第2楽章では、新しい知見がもたらされた。皮肉から自由になると、ショスタコーヴィチのアレグロは運動性に焦点が合うので、まるで干潟から潮が引いていくようにして真摯なモダニズムが現れる。この演奏スタイルはソヴィエトのいくつかの古い録音を彷彿とさせるんだよなあ。第4楽章もやはり軽快なインテンポで威嚇がなく、同様の「ソヴィエト・ピリオド」。いやあ。第5番は初期社会主義リアリズムの最後の煌めきだったのだなあ。 しかし僕らは世知辛い2010年に生きているから、この夜の第3楽章のような慰めの抒情も必要としているわけです。 この楽章のアンサンブルの美しさは大変素晴らしかった。弦楽の全パート全員が本気で静謐な美音を出そうとしていたのが明らかだったし、僕がこれまでに聴いてきた名フィルのベストフォームだったと思います。フィッシャーの霧のような音色づくりが完全に成功して、お客が静まりかえってしまった。名古屋での定演のレヴューは辛口のものが多くて心配していましたけど、なんのなんの。もっと名フィルに自信を持つべきですよ>名古屋の皆さま。 + + + もちろんライヴならではの傷は方々にあった。それに、以前からこのオケで気になるトランペットの弱々しさが、全然改善されないどころかむしろ悪化しているのは非常にまずい。大胆な改革が要るのかもしれない。そのことを含めても、フィッシャー親方にはさらに長い任期を望みたいのですが、来年2月のマラ9が不気味な存在感を放っている。お別れなのか。 アンコールはショスタコのバレエ組曲でもやったらいいなと思っていたところで、嬉しい《オレンジ》!親方のプロコ愛が伝わるセレクトに、開放感のある陽気なサウンドで応じるオケ。 拍手に応えて、最後に笑顔でガッチリ握手を交わす日比コンマスとVc太田首席の姿を見、フィッシャーがいつまで一緒にいてくれるかわからないけれど、これからも「おらが名フィル」を応援してこうと思う帰途なのでありました。
by Sonnenfleck
| 2010-05-18 23:03
| 演奏会聴き語り
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Comments(13)
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ぜろすのう
at 2010-05-18 23:37
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とんとご無沙汰しております。
フィッシャー&名フィルの東京遠征、とても素晴らしかったようで 望外の喜びです。 どうやら名フィル、本公演よりも東京公演の方が良かったようで ( 笑 これは半分やっかみ、半分マジというところなのですが。それともフィッシャー効果でこちらの要求水準が俄に高まったのか??) これもSonnenfleckさんのパワーの賜かと。 トランペットですが、本公演と同じメンバーならば、トップの藤島氏が4月1日から鹿児島国際大学の教授になってしまったため、全員が「トラ」のはず。もともと非力なのに・・・というところです。 クラのボルショス氏は佐渡氏のオケからの入団で、今回の本公演でも抜群の演奏を聴かせてくれておりました(クラのトラ嬢も抜群でした) なんにせよ、東京で名フィルを、Sonnenfleckさんが聴くことができて、しかもそれが良い演奏であったことを喜ばずにはおられません。
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ぜろすのう
at 2010-05-18 23:39
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この公演、当日券がわりとあるらしい様子だったので、行こうかどうか直前まで悩んでました。結局行けなかったんですが、直前に駆けつけてもチケットは手に入らなかったんですね。正解だったというべきか、惜しい公演を逃したというべきか……。
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at.oyamada
at 2010-05-19 09:28
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Sonnenfleckさんのような、長いこと丹念に聴いてきたファンの方こそが会場で楽しむべきなのであって、偶然とはいえお聴きになれて本当によかったですね。
それにしても、当日券を求められずに帰らざるを得なかったという人がいたのであれば、それは本当に残念です。晴れの東京公演はプロモーションとしても機能しますから、招待券も多めに出たのではないかと思います。かく言う僕も、お仕事をさせていただいていることもあってか(というのも変ですが)ご招待いただきましたけれど、休憩時の1Fホワイエはさながら業界の慰労会のようになっていて、ちょっとヒキました(いやはや)。当日券が手に入らずに帰宅した方がもしたくさんいるのだとすれば、複雑な気分ですね。まあ、そういうのは常になっていてしょうがないのだとは思いますけれど・・・。 もちろんそういう話とはまったく別に、フィッシャー&名古屋フィルというコンビの成果が、東京で聴けるという機会がもてたのはおおいに歓迎です。年に1回は来演して「今年はここまでになりました」ということが披露できるといいのでしょうけれど(なかなか1回では伝わらないですから)。
そんなミラクル続きでお入りになられたとは想像もしませんでした。名古屋でも売り切れというのはまずありませんから(先日コバケンでありましたが・・・)。
こちらの人間としてはしょっちゅう聴いているので進化の度合いがわからないし、比較対象になるオケもそう多くはないので余計ありがたみがわからなくなってるのかもしれません。それと名古屋人は「日本のなかの日本」といってもいいぐらいに中央に対する羨望と卑屈さが抜けませんから余計辛口になります(ほんとに)。 プログラム的なインパクトは初年度とは比べるべくもありませんが、今回のようなスタンダード路線のほうがフィッシャーの特異性がよくわかっていいのかも。今回のショスタコもよかったですが、私が聴いたフィッシャーのなかでは去年のベト5が一番鮮烈でした。ああいうのを東京公演にぶつけるのも、それはそれで素敵かも。
きゃ~♪
Sonnenfleckさまが喜んでいらっしゃるとこちらまで嬉しくなります!!! 東京公演はさらに素晴らしかったのですねっ☆ 名古屋の演奏会では感激のあまり本当に呼吸が苦しくなって死にそうな思いをしたのですが、東京公演だったらティンパニの音とともに息絶えていたかもしれません。。。 東京公演に照準を合わせた演奏会だったのかしら??? そして、アンコールまで! 本当に羨ましゅうございます♪ 名古屋組といたしましては、9月のマーラー第5番(指揮はフィッシャーさん)や11月のショスタコーヴィチ先生第7番(指揮はみっちーさん)が素晴らしくてSonnenfleckさまを羨ましがらせる(?!)しかありません☆ とり乱し気味の文体で失礼いたしました。。。
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knykeee
at 2010-05-20 15:08
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コメントを書き込ませていただくのは2度目ですが、Sonnenfleckさまのご健筆はいつも拝見しております。それだけに、久々の名フィルについてのエントリは懐かしくもあり、嬉しくもあり、楽しく読ませていただきました。
当日東京まで聴きに行った、名古屋在住組のひとりとしては、会場の盛り上がりが誇らしく、しかしこの組み合わせがいつまで続くのかが判らないもどかしさも併せて感じていた次第です。 フィッシャーだけの意向でどうこうなる世界ではないのは十二分に承知しながらも、なんとか名フィルとの縁を断ち切らないで欲しいと願うばかりです。
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Sonnenfleck at 2010-05-21 22:51
>ぜろすのうさん
お久しぶりです。お返事が遅くなりました。 トランペットはそんな内幕があったんですかあ。。もともとフィッシャーはあのパートに豪快な音は求めないと思うのですが、今のままでは鋭さもないので、小粒、という印象が拭えませんね。。クラリネットはいつも個性的な人材が揃うのに、このへんのアンバランスさは決してプラスには働かないでしょうね。 プロコフィエフは予想外の出来事で、オレンジ4つか5つ分くらいの嬉しさがありました。いつかフィッシャーの振るロメオとジュリエットなんか聴いてみたいもんです。
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Sonnenfleck at 2010-05-21 23:02
>iioさん
私も、わりとあるらしい(90枚も出るぞという)様子をサントリーホールのサイトで確認していったら、開演20分前に売り切れちゃってました。パッと見た感じ、行列は若い人たちが多くて、その横の招待券の行列にずらっと並ぶおじさんおばさんたちに対しては、微妙な視線を送るよりほかなしでした。うーん。わかってはいますけれども。
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Sonnenfleck at 2010-05-21 23:03
>at.oyamadaさん
「休憩時の1Fホワイエ」凄かったです(笑) 談笑グループの数が普通の演奏会の比じゃなかったので。 この東京公演、あんなに盛り上がっていたわりにはウェブ上でほとんど感想を見かけないので、不思議に思っています。いち名フィルファンとしては、玄人のお客さんたちに耳にしてもらったことで、それがこれからの名フィルのために良い方向に働くことを願うばかりです。
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Sonnenfleck at 2010-05-21 23:05
>kimataさん
名古屋だと毎年のN響公演が売り切れますよね(私も入れなかったことがあります)。この日の演奏は、気分が乗らないときのN響のルーティンワークなんかに比べると、全然比較にならないくらい素晴らしい演奏だったと思いますよ。 というか、ベートーヴェンのほとんどが聴けてないので、フィッシャーの軸や核が完全には捉え切れていません。でもそのために、今週末からのブラームスも非常に興味をそそられるし、メジャーな作品でもこの人なら、っていう指揮者が身近にいるのはやっぱり羨ましいです。
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Sonnenfleck at 2010-05-21 23:14
>みーちゃさん
初めのうちは客席の集中力が全然なくて、咳やら雑音やらずいぶん酷かったのですが、本文にも書いたようにショスタコーヴィチの第3楽章からすっかり静まり返ってしまって、みーちゃさんと同じような気持ちになった人が多かったんじゃないかと思います。 なかなか名古屋遠征が果たせずに悔しい思いをしてますが、、フィッシャーがいる間に、せめて一度は県芸に行かねばと思ってます。親方のマーラーはとても気になりますね。。
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Sonnenfleck at 2010-05-21 23:35
>knykeeeさん
お久しぶりです。コメントありがとうございます。 私も久々に団員の方々を拝見したり、エントリに「名フィル」タグを付けたりすることができて、なんとなく嬉しい気持ちになりました。それにしても名古屋から聴きにいらしたというのは凄い! 僕たちファンにできることは、こうしてウェブの海に気持ちを放流してやることだけですが、いつかまたこの日のような演奏が聴けたら嬉しいです。
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