青柳いづみこ『ドビュッシー 想念のエクトプラズム』、1997年、東京書籍(2008年、中公文庫)
面白かった。新たな視点が提供された。 ドビュッシーが、特に彼のテキスト付き作品において「作曲家」ではなく「解釈者」だったと喝破するくだりには、目からうろこの盾でした(痛い)。猫として育てられた犬のように、作曲家として育てられた文学青年・ドビュッシーは、音楽によってテキストに「解釈」を試みてしまう人物だったと。 著者はドビュッシーが音楽化しようとしたものを「いうにいわれぬ秘めた思い= エクトプラズム」と名づけている。 この「エクトプラズム」は、演奏家が読譜を元にして内側に想起し、演奏行為によって聴衆に伝えるものと同義で、つまり青柳説に従えば、ドビュッシーがテキスト作品を音楽化した作業というのは、解釈を音楽化する作業に他ならず、演奏行為と何が違うのか、ということになる。 「解釈」命のドビュッシーは、さらに、若い頃の演奏家としての立場からも自由になれなかった。よく知っている聴衆の保守性と、自分の中にある「19世紀末文学ヲタク」の黒々としたぬめりとの間に大きなギャップを見つけてしまい、その妥協点として、ぬめりを脱色して「状態としての印象主義」に甚だ接近してしまった、という言説もなるほどなと思わせる。 未完のまま遺された《アッシャー家の崩壊》は、聴衆の保守性に合わせて脱色された語法が用いられた結果、ドビュッシーが原作から捉えたエクトプラズムの音楽化にも成功していないのかもしれない。確かめたいぞ。 去年の夏、青柳氏が、浜離宮朝日ホールで「アッシャー家コンサート」を開いていたんだけど、いくつかのブログでレヴューを拝見してみると、《アッシャー家...》の遺された部分の演奏のみならず、他のプログラムもまさに本著に語られた内容に即した内容だったようで、行かれなかったのが悔やまれる(《アッシャー家...》のいくつかの主題は、弦楽四重奏曲や〈カノープ〉、《6つのエピグラフ》なんかに共通したものが認められるようです)。 + + + 本著は単純な伝記ではありません。豊富な一次資料を用いて、ドビュッシーが文学ヲタとして出発する原因となった世紀末文学の流れ、彼が《ペレアスとメリザンド》と《アッシャー家の崩壊》という2作品へ辿り着くまでの道のり、およびその山に分け入ってからの登山の道行きから、上述のような袋小路にはまるまでを描いていくという、がっしりとした論文です。 それもそのはず、本著の土台は、青柳氏が藝大博士課程の学位論文として提出した文章なんですな。だから、ドビュッシーの真髄を探るには絶対に欠かせない資料なのだけど、論文としての整合性を保つための生硬さが繊維状に残っているので、ちょっと消化には手間取る。読み物としての伝記を期待する人にはあんまりオススメできないかも。熱い内容で興奮するけどね。
by Sonnenfleck
| 2010-05-30 18:55
| 晴読雨読
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