インバル/都響 第701回定期演奏会@サントリー(6/19)

c0060659_229059.jpg【2010年6月19日(土) 19:00~ サントリーホール】
●マーラー:交響曲第2番ハ短調 《復活》
→ノエミ・ナーデルマン(S)
  イリス・フェルミリオン(MS)
  二期会合唱団
⇒エリアフ・インバル/東京都交響楽団



激しい蒸し暑さ。
W杯は、僕にとっては遠い国の遠い出来事。

インバルは、何度か実演を聴いても、正体が掴めない指揮者であった。全局面に渡ってクリティカルヒット!というライヴを聴いていないのも大きかった。
しかしよく考えると、これまでに聴いたインバルのライヴは、いずれもベートーヴェンだったんだよなあ。徹底解釈者・インバルにとっては、ベートーヴェンは革新的というより古典的で、彼が20世紀から後ろを振り返ってベートーヴェンを捉えているのが、あの演奏からはよくわかる。ピリオド系の人々が尊ぶ「フォルムそのものの運動性」には、たぶん彼は興味がないんだと思う。

それを踏まえた上で、マーラーは、彼の巨大な自意識や解釈したい気持ち、みたいなものが存分に充満できる大きな水槽だということが判明する。アマゾンの白くて巨大な魚が大きな水槽の中を悠々と泳ぐようにして、インバルのトップギアが入る。つまり、非常に壮絶な演奏が展開されることになる。

+ + +

特に第1楽章第3楽章後半の空気感は、忘れることができない。
時折烈しく畳み掛けるような強いテンポをメインとし、ソリッドな響きでもってそれを固めていくやり方。また同時に、インバルが歌いたい、テクスチュアが薄い箇所で急激に歩調を緩めて、とろりとして美しい「澱み」を混ぜるやり方。これは2008年にNHKで視聴した《千人の交響曲》と同じアプローチでありました。第1楽章の第2主題は効果的にポルタメントが用いられ、甘い蜜のようで胸が熱くなったよ。

ただ、この両楽章に特徴的に頻出する破裂音・炸裂音が、調理されないままと言ったらいいのか、原始的な硬い音響で処理されていたのはいささか意外であった。僕の席が打楽器に近かった(というか舞台真横)ので、打楽器の直接音によってマスクされたためかもしれないけど、もっと多層的にうごめく炸裂音を予想してたんだよね。全体を俯瞰する席で聴かれた方、いかがでしたか。

しかし、空気がこんなに張り詰めているとは。。指揮者とオケの緊張感も鋭いし、お客さんもそこから緊張が伝染して厳しく集中しているし、音の行間には空調のかすかなホワイトノイズだけが乗っている。楽章が終わったところでお客さんがふうっと息を吐き出すのがわかる。

第4楽章第5楽章のつくりはオーソドックスで予定調和的。でも感動しちゃうのがこの曲なんだよねえ。在京オケ定演では数年に一度聞かれるかどうかというクラスの、大人数&大音声のブラヴォが飛び交う。

+ + +

この公演では、都響のポテンシャルが最大限に引き出されていたことも触れておきたいなあ。
都響の管楽首席陣はみんな自律的に歌心があって素敵だし(Ob広田氏、Tp高橋氏、独唱に合わせる局面の歌心が素晴らしかったです)、弦楽もやはり、自律的にアンサンブルを形成する意気込みを強く感じる(この日はあの湿気にも関わらず弦楽陣の精度が抜群に高かったが、なかんずくVaとKbが実にクールであった)
矢部コンマスがマーラーで美音を奏するとどうしてもベルティーニのことを思い出しちゃうけど、あの時ともまた違う、第一級のマーラーが繰り広げられた。
by Sonnenfleck | 2010-06-20 22:28 | 演奏会聴き語り
<< めでたしのつぶやき 精神と時のお買い物XXIII(... >>