ラザレフ/日フィル 第623回東京定期演奏会(9/10)

c0060659_1152388.jpg【2010年3月13日(土)14:00~ サントリーホール】
<プロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクト vol.5>
●チャイコフスキー:組曲《白鳥の湖》より
●プロコフィエフ:Pf協奏曲第3番ハ長調 op.26
→上原彩子(Pf)
●同:交響曲第5番変ロ長調 op.100
 ○同:《戦争と平和》op.91~〈ワルツ〉
⇒アレクサンドル・ラザレフ/
  日本フィルハーモニー交響楽団


ふう。またもべた褒め路線なのか。
第3、第4と聴いてきて、しかし今回も素晴らしいのだから仕方がない。
2005年に彼らが同じ第5交響曲をやったとき、自分は「実演でここまでの5番が聴けるとはゆめ思いませんでした」と書いてるんだけども、今回はそのときの印象をさらに上回る圧倒的な完成度。第4楽章の最後の音が消えきったのと同時に、おおぉっ...という低い感興の声が客席から沸き上がったのであったよ。

+ + +

さて、2005年の演奏を「ブルックナーのような」「大蛇がずるずる」と感じた自分の感覚を疑うわけではないけれど、2010年の演奏はそうした雰囲気がほとんどなくって、むしろ全編にわたって柔らかく、大変にエレガントな様相を呈していたのだった。ラザレフにあっては標準装備の、打楽器・金管の瞬間的な強調を槍玉に上げて「だからダメ」とする意見もウェブ上ではちらほら見かけたが、それでは木を見て森を見ずではないかなあ。

プロコフィエフが演奏もされず、録音も多くないという現実からは、この「セルフツンデレ作曲家」の分裂した内面を実現する困難さが透けて見える。「悪ぶり」と「人民のためのリアリスト」と「かわいいメロディ大好きっ子」と。。第5交響曲はまだしもそのバランスが取れているほうではあるものの、第1楽章などは、期待された雄大さとメロディ愛との齟齬が肝になっていると思うのね。大概の演奏ではメロディ愛のほうを潰しちゃうんだけども。。
で、ラザレフは。嘘くさくなるところまで雄大さを膨張させる一方、渾身の制御で響きの柔らかさと潤いを保って抒情的なメロディの登場を促し、結果としてパステルピンクの巨大戦艦、みたいな大矛盾をそのまま答えとして提出してきたのだった。齟齬が齟齬のまま輝いてしまうという不思議。音価や音程に関するアンサンブルはこれまでのシリーズに比べると落ちるかなと思ったけど、柔らかなアーティキュレーションは隅々まで徹底されていたので、これは問題にならない。

第2楽章は想定どおりのハイテンションコメディだったので満足しつつ措くことにし、第3楽章第4楽章
これらの楽章の造形は2005年の記憶とまったく異なっていて、架空のバレエ組曲のとあるナンバーのように、引き摺らない快速のテンポにアクセントは軽く、山場もあくまで紳士的で絶叫しない。大蛇どころか透き通った羽虫のような仕上がりだったなあ。
これはラザレフがアプローチを変えたのか、僕の感覚が変わったのか、その両方なのか、、しかしまるで後期プロコフィエフそのもののような哀感が惻惻と漂ってきて、次回第6交響曲の仕上がりに強く期待せざるを得ない。交響曲プロジェクトはもうすぐ終わってしまうけれども、ラザレフ政権のうちに《石の花》なんかがライヴで聴けたら、まさに本望でしてね。

アンコール。《戦争と平和》のワルツも物凄く静かだった。

+ + +

第2楽章から当日券で入ったので、あんまり自信はないけど、協奏曲第3番はソロとオケが最後まで合わず、アンサンブルもざわついていて出来がいいとは思えなかった。《白鳥の湖》抜粋はずいぶんよかったみたいですね。聴きたかったな。
by Sonnenfleck | 2010-09-12 11:05 | 演奏会聴き語り
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