借りぐらしのアリエッティ(9/11)

「もののけ姫」のなかに(たぶんアシタカがムラを旅立った場面に)巨大な分水嶺があって、それ以前と以後ではジブリ作品の質が全然違うように感じている。それ以前は、淡白なストーリーと、淡白な演出から、観る側が観る側のために自分で何かを見つけ出せばそれでよかった。あるいは、自分がそうと思わなければ、見つけ出す必要もなかった。

でもあの作品以降は、ストーリーに変な臭みが増して、演出も幼稚化する一方なんだよね。これは、かわいい女の子が出てきてどたばた走ったり、むしゃむしゃと食い物に齧りついたりする、身体的幼稚さは宮崎駿から切り離せないから、そういう意味ではない。そういう意味ではなくて、「見つけ出されるもの」の押し売りとか、「見つけ出し」の強制ということ。どう見るかなんて自分で決めるっての。

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c0060659_22295153.jpg【2010年9月11日(土) 18:30~ ユナイテッドシネマ豊洲】

で。「もののけ姫」より前のジブリ作品を思い出した。

屋敷に隠れ住む小人が主人公だから、世界は屋敷とその周りの庭だけ。ストーリーは淡白の極みで、なおかつ全編がほんのりビターであって、ハッピーエンドでもバッドエンドでもない。
ここ!ここに「意味」が隠れてるよ!という最近のジブリの臭みがまったくなくて、昔みたいに、素晴らしく美しい植物の描写や、小人たちの身体の動きや、美味しそうな料理や、裏表のないストーリーに、僕はぼうっと見入ればよかった。

BDが出たら真っ先に買いたい。BDプレイヤーないけど。
by Sonnenfleck | 2010-09-28 22:33 | 演奏会聴き語り
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