この10月30日は、奇しくも小生の誕生日でございました。台風なんどに降り込められるのは真っ平ご免、ハイドンとアーノンクールにわが創造を祝ってもらおうという傲慢も、まあ今日ぐらいは許されると思って、嵐の港区に降り立ったのであったことだよ。
風雨に曝されて芯から冷え切りながらボックスオフィスの前に並ぶこと40分、当日券とは思えないほどの良席をゲットしたのち、速やかに溜池山王方面に走ってドトールへ飛び込む。ホットココアとクロックムッシュでぬぐだまりー。 + + + 【2010年10月30日(土) 18:00~ サントリーホール】 ●ハイドン:オラトリオ《天地創造》Hob.XXI-2 →ドロテア・レッシュマン(S) ミヒャエル・シャーデ(T) フローリアン・ベッシュ(Br) →エルヴィン・オルトナー/ アルノルト・シェーンベルク合唱団 ⇒ニコラウス・アーノンクール/ コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン で、どうだったか? 音楽の神秘を、僕はなんとなく征服したつもりになっていたが、つまるところ、僕はおしゃか様の掌に寝っころがってキーボードをポチポチやっているだけで、稀におしゃか様が正体を見せると、もうダメなのよ。キーボードは木っ端微塵、四方に弾け飛んだキーを慌てて拾う手もいつしか痺れて、快感に飲み込まれてしまう。 多くは書けないが、アーノンクールは、ロ短のときのような「だまだま」まで捨て去って、とにかく静かで、ほんのりと明るい音楽を形作っていた(これが「悲観主義者の音楽」なのだとしたら、音楽は絶望のフラスコの中をゆらゆら漂うエーテルくらいの意味しか持たないな)。 CMWの弦楽のコンディションが10/24の《ロ短調ミサ》に比べても格段に良く、硬質な音色の中にもどこか温かい濁りが混じって、すこぶる美しい。ロ短のとき以上に見せ場が多い管楽隊は、いとも贅沢なハルモニームジークとして華やぐ。 3人のソリストは《天地創造》のためにコンディションを整えたような、そんな趣きさえ感じられる。ドロテア・レッシュマンの第3日のアリア〈いまや野は爽やかな緑を〉など、輝かしさと寛ぎが合一して、途轍もない幸福感を放射していたなあ。 ここでまず、緑がざくざくと芽吹く様子を描写するCMWの音色にやられる。 それで、第4日に太陽・月・星が生まれる情景が描写されるのだけれども、あそこで奏でられた音楽の至高の神秘を、いったいどのように言葉にしたらよいのか、今の僕にはわからない。 甘美な多幸感によって身体が内側から張り裂けるような、苦しいような切ないような、なんだかよくわからないけれど猛烈な体験だった。こんな感覚がハイドンによって届けられたのは、僕にとってはとても意外な出来事なのだけれども、こんなことはきっと、一生に何度もない。 + + + 台風のために気の乗らないお客が来なかったためか、マジな音楽好きで満たされたホール内は、6割の入場という実績以上の熱気であった。この日の聴衆とあの音楽を共有できたこと、これも幸せ。長蛇の列になったサイン会も、みんな幸せな顔。なお、間近で見るアーノンクールの目は本当に深かった。 しかしな。この《天地創造》で、ついにハイドンの偉大さに叩きのめされたわな。 ここにはヘンデルを通じて流れ込んできたアレッサンドロ・スカルラッティやコレッリの音楽があり、逆にここからベートーヴェンを通ってシューマンくらいまでは優に到達しうる、音楽史的な幅が観測される。アーノンクールもプログラムで語っているけれども、これがハイドンのアルファであり、オメガなのだろな。この公演に足を運ばなければ、ついに気がつかずに生涯を終えていたかも知れん。 これから、最終公演@オペラシティに出かけてきます。
by Sonnenfleck
| 2010-11-03 12:49
| 演奏会聴き語り
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Comments(7)
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mamebito at 2010-11-03 23:52
ロ短調・天地創造・モーツァルト、全て鑑賞されたんですね。アーノンクールの最終来日公演のご感想、行けなかった者として心から楽しみにしています。
どうも私は小さい頃、両親が流すここの合唱団の声色、そして大抵はア氏によるバッハ等の宗教作品を無意識のうちによく聴いていたのだと思います。この日の天地創造、ものすごく自然に私の中に入ってきて心揺さぶられました。ア氏も述べている音楽と言葉の密接な相互関係を強く体感できた気がしました。
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ハリー
at 2010-11-04 22:17
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ロマンスグレーのあのお方と同じ誕生日だというのは本当にうらやましい限りです。オレはミンコフスキと同じですが(笑)
天地創造の初日に行きましたが、まだまだアーノンさんを理解出来ないなと打ちのめされました。自分が音楽の表面的な所しか聴けて無いと痛感しました。自分なりにいつか理解出来るようになれればと思いました…。
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Sonnenfleck at 2010-11-05 21:06
>mamebitoさん
ごめんなさい。mamebitoさんが行かれたのは29日の方でしたね。勘違いコメントをつけておりました。。 私はこれまで、録音に聴くアーノンクールの多くの部分を肯定することができずにいたのです。でも今回本当に濃く接触してみて、ほとんどの部分が強い理由を持っていて、音がむしろ強固にこちらを説得してくるという逆流現象に遭い、大変に驚いています。ただ、テキストのない最終公演はもう少し違う雰囲気でもあったので、そのへんを最後に書ければなと思ってまして。。
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Sonnenfleck at 2010-11-05 21:08
>ハリーさん
ミンコフスキと同じっていうのも私は十分うらやましいです(笑) 《天地創造》は、わりとアンチ・アーノンクール派(というのが集合としてあれば、ですけど)にも許容されやすい、なだらかなつくりだったと思います。彼らがモーツァルトやベートーヴェンをやるときとは明らかにやり方を変えているのが、興味深いですね。
TBありがとうございました。Sonnenfleckさんの評を拝見していて、やはり自分は色々な前情報に基づく思い込みに引きずられて聴いてしまったかなという気もしてきました(アーノンクール自身の発言とか、ネット上の前評判とか、彼の他の録音とか)。具体的に書かれている部分に関してはほとんど同じ聴き方をしたのですが。
ともあれ、「虚心坦懐に聴く」ということをこれほど執拗に問題化し続ける演奏家は、私にとっては他にそういないです。 私はドホナーニと同じ日なのですが、ミンコや白髪のオランダ人が大変にうらやましいです(笑)
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ハリー
at 2010-11-06 12:47
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通奏低音の使い方、ブリュッヘンの方がゴージャスでしたね(笑)
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Sonnenfleck at 2010-11-07 15:51
>yusukeさん
TB投げっぱなしですみませんでした。 アーノンクールは確かにピリオド・アプローチの創始者のひとりで、今でもその王国の中心部にいるのは間違いないのですが、(少なくともこれまでは)どう聴いても破調に美を見出しているのが明らかで、謎の存在でした。オーセンティシティを感じがちな僕たちにそっと問題意識を植えつけていく手際の良さ、今回も鮮やかでした。 ドホナーニも心底羨ましいです(笑)今年の来日公演中止になっちゃいましたからね。またいつかライヴで聴けるといいのですが。。
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