アーノンクール/CMW 《ポストホルン》+《ハフナー》@オペラシティ(11/3)

c0060659_9344957.jpg【2010年11月3日(水) 18:00~ 東京オペラシティ】
<モーツァルト>
●行進曲ニ長調 K335-1(K320a-1)
●セレナード第9番ニ長調 K320 《ポストホルン》
●交響曲第35番ニ長調 K385 《ハフナー》
 ○ドイツ舞曲第6番ニ長調 K571-6
⇒ニコラウス・アーノンクール/
  コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン


CMW来日最終公演は、オペラシティのP席を買い求めました。
主にアーノンクールの指揮を正面から視ることを目的にして、あそこの一列に初めて座ったんだけど、視覚の効果以上に音が極めて生々しく、いつもはアコースティックが上品すぎて物足りない思いのするタケメモでは例外的な場所なのだね(特に木管群のライヴ感がたまらない)。正面に座ってどう聴こえたかはわからないので、それを踏まえて。

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今回の3プログラムのうち、アンサンブルの練り上げではハイドン回が圧倒的、緊張感ではバッハ回の勝利、ではモーツァルトは…これはアーティキュレーションの千変化による触感マジックの回だったのね。テキストを伴わない音楽は、こうも指揮者の表現欲を強くかき立てられるものかと思った。最後の最後でついに、僕らが慣れ親しんだアーノンクール節が炸裂する。

昨年のミンコフスキでも思ったけど、本当に優れた演奏は、《ポストホルン》の名曲ぶりというか、大交響曲に何ら引けを取らない規模と内容を備えていることを感じさす。
でもこの日の演奏がミンコフスキ/ルーヴルと決定的に違ったのは、アーノンクールの独自の音楽観・美意識に基づいて、19世紀的な「藝術音楽」から一歩も外れなかったことだろう(アーノンクールがモーツァルト以降の音楽をやるときは、彼らのバロック音楽(少なくとも、ハイドンまで)とは全然違う回路への分岐を常々感じていたんだけど、これもライヴ体験で裏づけられるものがあった)。これはどっちが良い悪いじゃなく、ミンコフスキはバロックの方向からモーツァルトを眺めて「芸能」をやっただけだし、アーノンクールは19世紀から振り返ったということ。

最初の行進曲は巧まざるごちゃつきだったかもしれないが、第1楽章の最初の音が出た瞬間、彼らがやってきたバッハともハイドンともまったく違う、雑駁で華美な二長調の展開にニコニコしてしまう。CMWのバルブを閉めずに全開にすることで、このような雰囲気をあえて醸成しているのは間違いのないところだろうよ。
第2楽章のトリオはおどけるようにギクシャクとしたリズム取りで、あそこは明らかにアーノンクールがニヤニヤしていました。僕ぁ見ました。

第3楽章第4楽章の協奏的瞬間は、自分の席の真下にいるヴェスターマンやヴォルフ、トゥルコヴィチの直接音がガンガンに飛び込んできて胸苦しい。みなアーティキュレーションに鋭いキレがあり(ヴェスターマンは音が多少ひっくり返ったり掠れたりで、ここでも他のメンバーに比べて枯れと若干の衰微を感じさせてしまったが)、音楽の贅沢とはこういうものなのだと思われた。
それにしても、あのアーノンクールの飾り気のない直感的指揮から、どうしてあれほど豊かな発音の幅が生まれるのだろう?左右のL字・逆L字運動、人差し指の矢印、灰青ギョロ目、大きな口、時々がに股。リハーサルに秘密があったのだろうか。あったのだろうな。見てみたかったな。

もちろん、第5楽章のCMWの(特に1stVnの!)音色は期待どおりの凄惨な処理を施されていて、周りを取り囲む煌びやかな二長調たちに対して盛大な「音色だまだま」を形成するのだった。
みんな大好き第6楽章では、2ndObのマリー・ヴォルフが、第1トリオでさも当然のようにフラウティーノをさっと取り出して、ピッコロとはまるで異なる素直な高音を響かす。危なげないポストホルンはTpで大活躍してきたアンドレアス・ラックナー(かなあ。おさげの兄さん>カーテンコールのときにちょうど目が合って、こちらがニヤッとしたら向こうもニヤッとしていた)。

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当初の順序が入れ替わって、後半に《ハフナー》
前後半ともに二長調に統一された華やぎ感は、実際に聴いてみると驚くべき効果が上がっている。チケットを買ったときは《ハフナー・セレナード》をやるんだと思い込んでて、なんて質実なプログラムだと思ったのだが、さすがにシンフォニーのほうだったね。
第1楽章にはわかりやすい「リズムだまだま」があちこちに仕掛けられていて痛快。ちょっとバタバタしすぎていたかもしれないが、愉しかったからいい。
さて第2楽章の展開部だけは、この晩を通じて唯一、アーノンクールが右チョップを唇に当てて、陶酔しているように見えた瞬間。音楽はすこぶる官能的であった。彼がハフナー交響曲を取り上げた理由がなんとなくわかる。

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すでに休憩中、舞台上にタンバリンとミニシンバルを見てしまって、アンコールは後宮の序曲でもやるんかいなと思っていたが、やっぱりD-durの渋い逸品。
でもこの作品、全然二長調っぽくない。それどころかむしろ、ヘーバルトの酔っ払いソロとともにゴーゴリの小品のラストみたいな絶望感が襲うんだなあ。最後の最後でまさかのハシゴ外し。こういう作品をわざわざアンコールに選ぶ皮肉が、この爺さんの魅力にこそあらめ。長生きしてね。

このように、モーツァルト回は贅沢なデザート皿のようにして味わった。
感動で打ち震えるというのじゃなかったけど、シヤワセだ。

アーノンクール/CMW 《ロ短調ミサ》@NHKホール(10/24)
アーノンクール/CMW 《天地創造》@サントリーホール(10/30)
by Sonnenfleck | 2010-11-13 13:15 | 演奏会聴き語り
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