ブリュッヘン/新日フィル Beethoven Project 第1回(2/8)

c0060659_23505140.jpg【2011年2月8日(火) 19:15~ すみだトリフォニーホール】
<Beethoven Project>
●交響曲第1番ハ長調 op.21
●交響曲第2番ニ長調 op.36
●交響曲第3番変ホ長調 op.55 《英雄》
⇒フランス・ブリュッヘン/
  新日本フィルハーモニー交響楽団




いくつかの意味で、指揮者ブリュッヘンを非常に見直した。スタヴァンゲル交響楽団とのツィクルスを聴いて、老いや衰えによってあのような雰囲気が生まれたのかと思っていたのだが、実際に生で聴いてみるともっと野心的と言ったらいいのか、目的意識の強い音楽の存在をここに感じたのであった。
出会うたびに変化している。まだまだこの人は変わる。

◆1 交響曲ではないものとしての第1番・第2番
今回、最も驚愕したのは、第1交響曲が完全にただの管弦楽組曲と化していたことです。
感情の起伏を256色くらいに落とし、テンポの伸縮や音色のコントロールを一切行わず、交響曲としての展開を否定するといったいどうなるのか、ということの答えが、あの、バッハやテレマンよりずっと前の、フレスコバルディやローゼンミュラーのように平明なマチエールなのだろうな。極端にゆったりまったりとしたテンポを設定していたし、表現のレンジは「古典派の交響曲として聴けば」極端に狭いが、ちゃんと聴いていれば、拍子の点、あるいは細かなアーティキュレーションの点ではまったく弛緩していないことがわかる。

LvBが野心むき出しの第1番からあえてその交響曲性を簒奪、返す刀で思いっきり古い視点から作品を解体して再構築してみせたあの平べったい音楽を、僕はなかなか忘れられないぜ。

だから、いくつかのフェーズにおける伸縮を伴う「展開」を目的にしている「交響曲」を聴きに来たお客さんの中には、非常に憤慨した人もいただろうと思う。僕は当初、あまりにも展開しない異様な雰囲気にギョッとしてしまったが、途中から中期バロックを聴くときの回路に切り替えることで、却って楽しんだのであった。3年前のスタヴァンゲル響とは、何から何まで違う

◆2 分裂症としての第3番
前半の2曲とはアプローチの様式をぐっと変えて、エロイカ。
巨匠時代のパロディみたいな大げさな素振りがいーーーっぱい付属していたので(クナッパーツブッシュみたいな開始とかね)、お客さんはついそこに耳を奪われがちだったけれども、これは巧妙な遣り口だと思った。

エロイカがエロイカたる浪漫主義パートをそのようにオーバーに、ときには滑稽直前くらいに拡張するいっぽう、第2楽章ではアタックをかなりきつくするのと同時に(この楽章のKbは通奏低音だったんだ!)、運弓において上へ凸の曲線をはっきりと意識させ、ヨハネ受難曲のいちナンバーのごとき峻厳な絶望感を醸成する。

さらに第4楽章のフーガ変奏を大変くっきりと造形して、これまたLvBの中のバロック性をあぶり出す。この巨大な交響曲の土台にあるアンバランスさが、ベロリと露出しちゃったわけだな。
そして自身も、浪漫主義とバロック精神の間で常に揺れ動くブリュッヘン。曲調の勢いに乗って浪漫主義を謳歌する場面と、急ブレーキを踏んで交響曲性を薄める場面とが交叉するが、しかし、この日の演奏を第1番から聴いていれば、今のブリュッヘンの興味が後者の実現にあるらしいことがわかる。

◆3 18世紀オケではないものとしての新日フィル
オケの状態はすこぶる好い。もともと細身で上品なここの響きが、18世紀オケとは異なる側面からブリュッヘンを支えている。

特に第1番で強く思ったのは、これはこのコンビでないと生まれ得ない音楽だなということ。
古楽器での演奏行為自体を強い目的として持つ18世紀オケが(どこよりも個性的なあの響きを思い出してみてほしい)、今回の新日フィルのようにまったくニュートラルな演奏を実現するのは、はっきり言って不可能だと思われる。
ブリュッヘンの、初期LvBにおける交響曲性の簒奪という強烈な目的意識は、このようにして古楽オーケストラを遠く離れている。18世紀オケとの直近の来日ツィクルスで評判を落としたこの人は、ついに自分のやりたいこと、自分の最終目的地に辿り着いたんではないかと思う。

新日フィルは、過去数年の共演を通じて、ブリュッヘンの求める18世紀オケらしい古楽のテクニックを十分に身に付けている。その上で、彼のやりたい音楽には恐らくすでに不必要な、古楽家としての変な拘りみたいなものは持たない。
本物のアンティーク車と、ヨゴシやヨタリの調整が完璧なアンティーク風新車と、どっちが運転しやすいだろう。今のブリュッヘンのやりたいことのひとつを確実に実現するオケが日本にあることの偶然を、ファンとしては感謝せねばならない。

[関連リンク]
SIDE-B/SIDE-I (1)(2006年。18世紀オケとのツィクルスについて。)
on the air:ブリュッヘン/スタヴァンゲル響のベートーヴェン 1(2008年。)

[関連リンクその2]
[演奏会] ベートーヴェンを「初演」したブリュッヘン&新日本フィル(「現代古楽の基礎知識」)
大先輩・澤谷さんのブログ。僕がうまく書けなかったことが、シンプルなことばで美しくまとめられています。
by Sonnenfleck | 2011-02-11 00:44 | 演奏会聴き語り
<< フェドセーエフ/東京フィル 第... チャイコにマジレス。 >>