スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/読響:神が宿るところは

今日明日と同じプログラムの読響定期。僕は明日のサントリーの方に行こうと思ってましたが、急遽友人に誘われ、池袋へ行ってきました。

【2005年4月24日(日)14:00〜 芸劇マチネーシリーズ/東京芸術劇場】
●プロコフィエフ:《ロメオとジュリエット》第2組曲 op. 64
●バルトーク:管弦楽のための協奏曲


当日券を頼りにしていたら、運悪くKb軍団の真ん前の席に当たってしまいました…。低弦は直接音のくせに管は間接音なので旋律は破滅的にずれて聞こえるし、音量バランス的には「8台のコントラバスのための協奏曲」でしたんで、プロコフィエフについては責任を持って書くことができません。ほぼ真横から見るスクロヴァ爺さまは今日も元気でした。背筋まっすぐ。

さすがに悔しいので、友人と共謀して後半はお山のてっぺんに席替え。
読響でバルトークのオケコンを聴くのは、03年にエマニュエル・クリヴィヌが振ったときに続いて二回目。しかし、というかやっぱり、今日の演奏はそのときとは比べものにならないほどの完成度でありました。
第1楽章は比較的遅めに開始されます。低弦の冷たい支えに乗ってひらめくFl。その後次々に展開されるフガートは、しかし、先週の月曜とはうってかわってかなりの緻密さを伴って奏されるのです。練習したんだろうなあ。巧いっす。各小節ごとに細かなアゴーギクを施すのがミスターS流、今日の読響はまさに彼の手となり足となって誠実な演奏を繰り広げます。
もともとがシニカルで鋭い第2楽章は、スクロヴァチェフスキの持ち味が120%発揮。てててんっ、とスネアドラムが最初のリズムを刻んでから、末尾でてんってんっ、と裸のリズムが消えるまで、ありとある楽句に表情が込められています。柔軟にしなる弦、多層的に歌う木管、露悪に陥らない金管、どれを取っても一流。特にTbのコラール、ブラヴォー。
第3楽章の感傷的な旋律美、それに呼応して為される断固たるダウンボウ(なんかここは弓順を改変してたような?)。それにしても弱音に気を遣うことといったら半端ではない。アタッカで第4楽章に突入、例の《レニングラード》パロディは、先日のメルクル/N響の演奏がハウスもの大根に思われるような完璧な出来です。重層的な楽器の扱いは、あたかもエグみも旨みも内包したフキノトウの天ぷらといった趣。しかしそこに泥臭さが付きまとわないのがモダニスト、スクロヴァ爺さんの面目躍如です。第5楽章の息の長いクレッシェンドには驚かされました。無窮動っぽい楽句、しかもフーガ、つい全開になりそうなオケを巧みに抑え込み、ここぞというところで手綱を緩めるんですねー。いい。また明日も聴きに行こうかなあ。
by Sonnenfleck | 2005-04-24 21:12 | 演奏会聴き語り
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