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晴読雨読:ルネ・マルタン+高野麻衣『フランス的クラシック生活』

この本でクラシックと出会うひとは幸せだと思います。何しろ、誰々のブルックナーなど聴きにいく方がわるい、とか、邪悪、とか、もうそういうのやめにしませんか、ということをきっぱりと示した、気高い本なものだから。
クラシックを聴こうとしているひとに、僕はこれから、この本をプレゼントすることにしたいと思う。そういう本が見つかってとても嬉しい。

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晴読雨読:ルネ・マルタン+高野麻衣『フランス的クラシック生活』_c0060659_8344393.jpgルネ・マルタン+高野麻衣『フランス的クラシック生活』、2011年、PHP新書。

「電車内読書のお供に」「5月、友だちを家に招いて」「秋、散る落ち葉を眺めながら」「つまらないデート、つまらないケンカ」「静かな夜の音楽」といったシチュエーションごとに、シチュエーションに寄り添う音楽をルネ・マルタンが薦め、それを受けた解説や、解説からの楽しい逸脱を含むエッセーを高野さんが記していくというスタイル。マルタンの名前が大きく出ているが、実際は半分以上のセンテンスを高野さんが担当しておられる。

この本の主役は、あなたです。洋服も、お茶の時間も、ちょっぴり物語を意識して演出してしまうようなあなたです。そうした方たちと、音楽についておしゃべりする―これがまさに、ルネに教えてもらったフランス語「partager(分かち合う)」だと思うのです。それは、
「美しい音楽を見つけたよ。この音楽の裏にはこんな物語がある。最高の演奏だから、君に聴いてほしい」
そんな、軽やかで自由な連帯感です。自由であるからには、「本物」を伝える責任が大前提としてあります。しかしそれは、知識をひけらかしたり、自分と違う聴き方を見下したり、好みでないものの悪口を言ったりする態度とは対極にあります。そこには本物の音楽の姿があると、私は信じています。

高野さんは、あとがきでこのように表明されている。

ルネ・マルタンはLFJで用意するプログラム・演奏家に関し、絶対に手を抜かない(今年はいろいろ不幸が重なったが)。たとえお客さんが、初めてクラシックに触れる子どもたちや家族連れであっても。2005年のベートーヴェンのときに僕がもっとも驚いたことのひとつは、そこなんだよね。
これまでのライトなクラシック入門書は、この点に関して圧倒的に弱かった。パッヘルベルのカノンに、モルダウに、花のワルツに。演奏はなに、全部カラヤンでいいや。初心者には初心者向けの音楽を当てとけ。。手加減と見下しは表裏一体。

そして、なお悪いことに、この次のステップにある数多のディスクガイド本が、知識をひけらかし、あるいは悪口を言うものばかりなのだな。ここに読者の背伸びが加わると、無知は恥だと、悪口は当然なのだと、そういうドロドロした流れができ、ほら、あっという間に一人前のクラヲタができあがる。

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マルタンも高野さんも、シチュエーションに合わせてクラシック音楽の「雰囲気」を楽しむ、ということを衒いなく勧めている(僕だって、クラシックを聴き始めたほんとうに最初のころはそうやって楽しんでたじゃないか!)。そしてシチュエーションのセレクトはひとつひとつ洒落ている。
もちろん、選曲や推薦する演奏に関して、マルタンはこの入門書でもまったく手加減していない。最初のシチュエーション「晴れた朝、窓を開けて」に対する選曲からして、ロドリーゴの《アンダルシア協奏曲》←アランフェスじゃないですからね。運命も未完成も新世界もなくて、その代わりにシューベルトのトリオやショスタコーヴィチのワルツが入っている。

ぼくの選曲は誰にも媚びない、ぼくだけのもの。麻衣さんのコラムだってそうだし、あなたもそうであっていい。それは洋服の着こなしといっしょで、真似をしながら、少しずつあなたのオリジナルになっていくものだ。
だからこそ分かち合おう。すてきなクラシックは、あなたのすぐ隣にある。

と、マルタンの言。いいこと言うじゃない?日本の音楽おじさんたちの中からついにこういう本が生まれなかったのは、残念だけども。

[参考リンク]乙女のクラシック | GIRLS GUIDE to Music, Movie & Books
by Sonnenfleck | 2011-05-08 08:41 | 晴読雨読 | Comments(2)
Commented by Pilgrim at 2011-05-08 10:36 x
これは僕も耳が痛いです。その御本、読んでみようと思います。

でも、恐らくSonnenfleckさんも同じと思いますが、反省はしても
ブログ記事には、これまでと同じような事を書きますね。
Commented by Sonnenfleck at 2011-05-08 23:07
>Pilgrimさん
ぜひご覧ください。マルタンの考えていることがわりとはっきり示されているのも、この本の重要なところです。
書き方のスタイル(というか癖)は、これは三つ子の魂百まででして、おっしゃるようになかなか変えられませんね。。
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