ラ・プティット・バンド来日公演@かつしか(6/29)

大学時代の先輩の厚意でチケットを獲っていただいたが、会場のある青砥はさすがに職場からも遠く、1曲目のブラ2を泣く泣く諦めての参上となった。かつしかシンフォニーヒルズに出向くのはたぶん10年ぶりくらい(前回はペーター・ヴェヒターのベートーヴェンだったはずだ)

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c0060659_061938.jpg【2011年6月29日(水) 18:30~ かつしかシンフォニーヒルズ】
<バッハ>
●ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調 BWV1047
●管弦楽組曲第2番ロ短調 BWV1067
●ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調 BWV1050
●ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調 BWV1048
 ○アンコール 同曲~第3楽章

⇒ラ・プティット・バンド
→シギスヴァルト・クイケン(Vn, Vc-spalla)
 サラ・クイケン(Vn, Va)、アン・クノップ(Va)、パウル・エレラ(Vn)、
 ディミトリー・バディアロフ(Vn, Vc-spalla)、戸田かおり(Vn)、
 マルレーン・ティールス(Va, Va-gamba)、赤津眞言(Va, Vc-spalla)、
 土倉政伸(Va, Va-gamba)、ロナン・ケルノア(Basse de violon)、
→バルトルド・クイケン(Ft, Rec)
 三宮正満(Ob)、ジャン=フランソワ・マドゥーフ(Tp)
→バンジャマン・アラール(Cemb)


いくつかの驚きがあったが、そのうちの最大のものは、ラ・プティットの通奏低音の作り方がまるっきり変わっているということ。チェンバロのバンジャマン・アラール、バス・ド・ヴィオロンのロナン・ケルノア、二人のオサレにーちゃんで構成するコンティヌオだけを聴いたら、Alphaやzig-zag、AMBROISIEに録音してるようなラテン系の若いアンサンブルと何ら変わらない。吃驚仰天であった。

あの緻密さと軽妙さ。。コーネンやヴィーラントの頃はもう遠く過ぎ去り、今やこの老舗アンサンブルの土台が完璧にフルモデルチェンジしたんだということがわかってしまう。従って(驚異的だが)ラ・プティット・バンドは2010年代になって猛然と最前線に返り咲き始めていますよ。



その文脈で大変な名演だったのが、管組2番。
軽くはあろうけど、どこかぽってりと垢抜けない管組を想像していた自分は、洒脱で運動機能が抜群に優れた序曲により、開始数秒でKOされた。付点音符のひとつひとつに小さくて巧妙なバネが仕込まれてアンサンブルはびょんびょんと駆動し、リピートでコンティヌオがかましたシャレオツな装飾も抜かりがない。

2005年に聴いたクイケン・アンサンブルでも、親分二人を中心に似たようなメンバーでこの曲をやったんですけど、あっちが軽妙さのまえに「部品の足らなさ」を感じさせたのが、いまや遠い昔の出来事に思われる。かように通奏低音は大切。

その土台に乗って、その土台に乗ってだ。バルト御大の清廉なトラヴェルソが鳴り渡る様子は痛快である。すでに還暦を過ぎてるはずのバルトルドの息にはいまだ乱れはなく、すぅーっと立ち上る音は昔と変わらない。おまけにシギスヴァルトなどはむしろ6年前より瑞々しい運弓を聴かすので驚きだよね。
エンジンが最新式に載せ変わることで却って「ガワ」もリフレッシュしてる、ってのはあまりにもコンティヌオ側に偏った人間の見方かしら(笑)



さて、バンジャマン・アラールである。
このロ短調組曲ではいつも拍子がわかりにくいサラバンドを、職人のようにかっちりと捌いていたのが印象的だったし、ブラ6の第3楽章はシギスのスパッラに優しく寄り添う姿勢が萌えだったが、ブラ5の第1楽章カデンツァには、この人の隠し得ないスター性がビリビリと感じられたのであった。

いとも簡単そうにあのカデンツァを爪弾きながら、一瞬、魔術的なアッチェレランドが入ったりする様子を聴いていると、ああこの人はいくらでも変態的なことができそうだわいなあという気がするが、それを簡単には全開にしちゃわない良い意味での狡さが、90年代くらいまでの天才たちと違うところかと思う。
Alphaから出てるソロCD(イタリア協奏曲ほか収録)を会場で買ってきたので、今度はもっとがっつり聴いたるでしかし。



最後に、楽器について。
ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ。あの惨めな響かなさ、VaでもVcでもない不気味さ…。僕にはスパッラ党のシギスの気持ちがこれまで全然わからなかったのだが、この日、ブラ6の第2楽章を聴いて僕のスパッラ観もちょっと変わった。

ヴィオローネとコンティヌオのバス・ド・ヴィオロンがお休みのこの楽章、1stVaと2ndVa、スパッラ、チェンバロで仮想トリオ・ソナタ編成となったんだが、編成が薄いと、いつも埋もれてしまってモゴモゴと目立たないスパッラの「言い淀みの魅力」みたいなものが浮き出てくるんだよね。こうやってもっと薄い編成で使ってほしいのよう。(ところがブラ5で赤津さんが持ち替えで担当したスパッラは一挺にして堂々たる鳴りっぷりで、あの「言い淀み」はシギスヴァルトの楽器の個性か、彼の弓使いか、あるいはその両方か、謎が深まってしまった。。)

で、バス・ド・ヴィオロンっすよ。
見た目はチェロより若干大きく、ヴィオローネとチェロのハイブリッドみたいな形状で、遠目では5弦のようでもあり、しかし糸巻きは4つで、指板はチェロの2/3程度、フレットなし、弓はアンダーハンドで持つが、音質はほとんどチェロ。そして恐ろしいことにピアノ椅子の上に楽器をどかっと置いて、立奏である。

こりゃあ通奏チェロ人としちゃ黙ってらんないよ!!てなわけでちょっぴり調べましたが、どうもチェロの誕生によって駆逐されてしまった楽器のようでした。でもあの弓の持ち方(つまりヴィオラ・ダ・ガンバと同じ持ち方ですな)でああいうチェロっぽい音のする楽器というのはかなり興味がある。触ってみたいなあ。

この楽器を弾いてたったひとりで低弦の世界を守ったロナン・ケルノアという人。ネット上でもほとんど情報がないんですが、2007年にブリュッセル音楽院を卒業した若手で、すでにラ・プティットには定期的に参加してるようです。ヴィーラントのお弟子さんなのかしらん。
コンティヌオはアラールのことばっかり書いちゃったね。でもケルノアのアーティキュレーションの丁寧な彫りの深さ(と、抜群の空気読み感)が、今回の来日公演でのハイパフォーマンスの原動力になっているのは間違いなかった。チェンバロ奏者の奥で立奏、というサイコーに変なポジションで、かつ奇妙な楽器を操ってはいたが、しっかりと輝いていたよ。もっと聴いてみたい人です。

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終演後は、一緒に聴いた先輩たちとホールそばにある「生パスタの店 nonna 青砥店」へ。驚きの青砥価格(なんで400円台のパスタがあるの…)とその美味しさについて、そしてもちろんバッハとラ・プティット・バンドの素晴らしさを語り合ってついついお酒が進み、葛飾の暑い夜が更けてゆくのでした。
by Sonnenfleck | 2011-07-03 00:06 | 演奏会聴き語り
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