トゥルコヴィチ/都響 「作曲家の肖像」シリーズvol. 83《モーツァルト》 @オペラシティ(9/4)

c0060659_1072444.jpg【2011年9月4日(日) 14:00~ 東京オペラシティ】
<モーツァルト>
●交響曲第38番ニ長調 K504《プラハ》
●Fg協奏曲変ロ長調 K191 (186e)
→岡本正之(Fg)
●交響曲第39番変ホ長調 K543
⇒ミラン・トゥルコヴィチ/東京都交響楽団


たいへん丁寧に造形されたモーツァルトだった。
音楽のうま味を心の底から堪能した。

個人的にはコンツェントゥス・ムジクス・ウィーンの重鎮としての印象が強いトゥルコヴィチだが、前回の都響登場時の評判がずいぶんよかったので、今回のチケットを買ってみた次第。
指揮者がアーノンクールの盟友であるということを配布されたプログラムで知ったお客さん、また、ピリオドアプローチ=ヴィブラートと思っている向きには、この日の演奏は少々意外に、もしくは少々期待はずれに聴こえたのかもしれない。
なぜならトゥルコヴィチの造形は「一般的なピリオド風味」(小編成・Vn対向配置・ノンヴィブラート等)からすべて離れてて、多少判りやすいのは編成にバロックティンパニを導入していることくらいだったわけ。
じゃあ、サー・ネヴィル・マリナーのモーツァルトみたいな感じなのかと問われれば、いややっぱりそれとは違う。やっぱりこの人はCMWの藝術家なんだ。

たとえば、変ホ長調の第1楽章提示部で聴かせた、アーノンクールそっくりのおどけた調子(ソォっっファっっっミぃ♭~という強いスタッカート>これを再現部では再現しなかったのはこの人の好みだろうか)
それから第3楽章の田舎踊り。これもニコラウス親方によく似てら。東京人が東北訛りを茶化すみたいに、ウィーンの都会人が観測した田舎踊りはめっぽう愉快に表現される。第4楽章はちょっと勢いがつきすぎてたけど…。

無論、アーノンクール似の造形だけでは面白くないわけで、今回は《プラハ》の第2楽章が、これがトゥルコヴィチの本領が最強に発揮された時間だった。

あまりにもちゃんとバルカローレのリズムが維持されていたため、素っ気なく聴こえた人もいたかもしれないんだけど、各声部は(特に管楽器隊は完璧に)統率されて動き、しかも今度はそれら同士が明解に独立して働く、あんなモーツァルトの緩徐楽章をライヴで聴けるなんて想像していなかった。
つまりトゥルコヴィチは数本の楽器でセレナードでもやるみたいにして、《プラハ》の巨大なアンダンテを組み上げてしまってた。3階席から見下ろすとお客さんの3人に1人は安らかに眠っていたが、それは本当にもったいないことよ。。

ピリオドアプローチの真の意味は、アンサンブルのアーティキュレーションを精査し、各局面に応じてそれを最適化することで、親密な室内楽をモダンオケで実現させることにあると僕は考えている。それはともかく、《プラハ》のアンダンテで実現されてた。トゥルコヴィチのコンティヌオ者としての感覚も、おそらく造形の役に立っていることだろう。都響のコンディションがすこぶる良いのも嬉しかった。

+ + +

ところでFg協奏曲も、2曲のメインの間でたいへん魅力的な一皿として提供された。都響首席の岡本さん、ブラヴォでした。
トゥルコヴィチはきっと、この協奏曲のソロを世界中で飽きるほど吹いてきたんだろう。この曲だけは当然のように暗譜で指揮棒を振っていたのは可笑しかったが、完璧なタイミングでトゥッティを操り、アンサンブルは快適としか言いようがなかった。この曲についてはたぶん世界でいちばん巧いサポート。
by Sonnenfleck | 2011-09-11 10:12 | 演奏会聴き語り
<< Hatsune Mick Co... サントリーサマーフェスティバル... >>