ブロムシュテット/N響 第1706回定期@NHKホール(9/10)

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【2011年9月10日(土) 18:00~ NHKホール】
●シベリウス:Vn協奏曲ニ短調 op.47
→竹澤恭子(Vn)
●ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調 op.95《新世界より》
⇒ヘルベルト・ブロムシュテット/NHK交響楽団


ドヴォルザークについて書きますと。
僕は、この曲がこんなにブルックナーのように聴こえたことはありません。
よく聴き慣れたこの交響曲で、新しい経験でした。

第1楽章は直線的な音楽で、またブロムシュテットもそれをことさら直線的に造形していたので「ブルックナー的」は表出しなかったが(むしろ「シューベルト的」だったかもしれない)第2楽章の途中から、あれ、なんかおかしいなあ変だなあという雲行き。音塊の束ね方、浮き上がる奥のリズム。

第3楽章になるとその空気はいっそう明確になる。
スケルツォのダイナミックレンジはきわめて幅広く取られるいっぽう、細密なグラデーションをあえて止め、音量のごつごつした移動を志向している。また、緊張の強いスケルツォに対置してふつう茶目っ気や長閑さを狙って造形されるトリオなど、逆にくそ真面目に音価を引き摺って頑迷な雰囲気を醸す。そうした手法により、経過句を経て第2トリオに至る道は完全にブルックナー状態である。

さて第4楽章は、ほとんど非人間的と言ってもいいリズム管理にぞくぞくさせられる。著名なメロディたちが颱風の雲のようにひゅうと流れていくその下で、ひたすら整った打点を取り続けるブロムシュテット。ブルックナーの理想はこういうリズム管理ではないか?
再現部、第2主題とともにホルンが高く歌った直後に置いてある「たぁらんた|たぁらんた|たぁらんた」というフレーズに予想外の強い粘りを込めてアッチェレランドさせる様子。それからコーダ、金管を中心としたトゥッティのコラール風の歩みを、全要素を全開にするんではなくきちんと束ねてリズムをくっきりさせるやり方。

ドヴォルザークはもっと野放図に歌えたほうが好いという声も(演奏者と聴衆の両方から)あがりそうだけど、理性によって管理されたアントニンがアントン化する様子をしかと見届けました。たいへん面白かった。
by Sonnenfleck | 2011-09-16 06:22 | 演奏会聴き語り
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