テミルカーノフ/サンクトペテルブルク・フィル来日公演@文京シビック(11/12)

僕の友人の中でもっとも厳しい審美眼を持つ男が「今のテミル+サンクトは極めて素晴らしい状態にある、是非もなく聴くべし」と、いつになく熱心に勧めてきていたのであった。
関東唯一の週末公演であるこの日は、もともと夜に予定があったので諦めていたのだったが、急にキャンセルになってしまったのを幸いに当日券で突入。

+ + +

c0060659_1924079.jpg【2011年11月12日(土) 18:30~ 文京シビックホール】
●ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調 op.27
●チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調 op.36
 ○エルガー:《愛の挨拶》
 ○チャイコフスキー:《白鳥の湖》~四羽の白鳥の踊り
⇒ユーリ・テミルカーノフ/
 サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団


一言で申して、エレガントの極みでした。
この有名なオケを生で聴いたことのなかった僕はいまだに、ムラヴィンスキーみたいな響きをイメージしていたんだけど、今は、もうそうではないのだ。

テミルカーノフのセンスは、旧レニングラード・フィルを劇的に変えた。彼らの録音に興味が湧かなかったので僕は気づいていなかったんだけど、こんなに豪奢にして優美な響きになっていようとはねえ。冒頭に登場した友人はこの状況を「帝政ロシアの復活」と表現してて、それは僕もまったく同意するところである。面白い!

そんなわけで、今年の来日公演のプログラムがリアルなソヴィエト音楽をほとんどフォローしないのは、むしろ当然と思われるのね。当夜のラフ2&チャイ4は、そうした文脈では燦然と輝く星々である。

+ + +

ラフマニノフが、本当に素晴らしかった。普段ラフマニノフなんか聴かない僕が、ずたずたに感動させられた。「これ以外の」演奏にならこれからも出会いそうだが、「これ以上の」演奏には出会える気がしない。

たしかに、トゥッティのフォルティッシモにこそ、数々の録音で親しみ深いソヴィエト流の威嚇が名残を留めるのだけど、ことフレーズの「とめ・はね・はらい」においては、細心の注意の下で「洗練」が構築されている。ある種の焼き菓子が口に入れるとホロリと崩れるように切なく、やがて甘い。そういったコンディションで演奏される第3楽章が悪いはずはなく、思いのほかアクセントが軽やかなのも素敵(この交響曲はザンデルリング/フィルハーモニア管の「ごっついガトーショコラ」みたいな演奏が普通だと思っていたので、驚きである)

さらに付け加えるなら、このオケの木管楽器は実に独特な音を有していて、この楽章の長いクラリネットソロも藪に生えた野生の果物のように強い香味を放つ。にもかかわらず、全体の印象はあくまでも高貴なままなのが興味深い。土俗と高貴の両立こそ帝政ロシア文化の本質であるからして。

第4楽章「いきなりトロピカル」も、なんとなく箱庭的で現実感がなく、響きがパッと散ってすぐに霧消する。丁寧で繊細な響きを土台に、きらびやかな早弾きと金管の咆哮が映える。彼得堡貴族の温室のようなものを思わせた。

+ + +

チャイコフスキーは、これはラフマニノフを食らったあとではそんなに激しい感動はなかったが、ステーキのあとにすき焼きを食って感動が薄れるようなものと思います。すき焼きも単体ではたいへんな重みがあった。
ラフマに続いてこれも緩徐な第2楽章が素晴らしかったんだけど、それはテミルカーノフの貴族的音楽趣味の表出かと思われた。そして第3楽章の充実した分厚さは(あのように的確に水分を含むピツィカートもあるんだね)、よくよく煮えたマロニーちゃんを想像させた。

<おまけ>
◆1.休憩中、珍しく隣席のおじさんに話しかけられ、主にラフマの第3楽章の完成度の高さについて話し込んだ。おじさんも僕も高揚。
◆2.反対側の隣席には典型的なクラヲタ青年2人が座ってて、甲高い声のおしゃべりと猛烈な指揮マネに終始(しかし演奏の内容が良かったのですべてが許された)。指揮マネも急速楽章の主要主題オンリーじゃなく、経過句とか緩徐楽章が振れるようになったら素敵だと思うよ。
◆3.文京シビックは響きがナチュラルで良いホールだなあ。良いと言うひとが多いのもわかるなあ。ホワイエにエクセルシオール・カフェが出張してるのも肩肘張らなくていいなあ。あとはあの椅子だけなんとかしてほしいなあ。
◆4.〈四羽の白鳥の踊り〉はレミングスだなあ。
by Sonnenfleck | 2011-11-20 19:26 | 演奏会聴き語り
<< ピエール=ロラン・エマール|コ... on the air:タモリ倶... >>