デュトワ/N響の "Kékszakállú" 第1715回定期@NHKホール(12/10)

デュトワがN響に客演しに来るのは毎年12月に固定されてしまっているが、僕の本業は12月からピークを迎え始めてしばしば土日も潰れるので、だいたい毎年聴きに行けてない。今年は幸運です。

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【2011年12月10日(土) 15:00~ NHKホール】
●ブラームス:Vn協奏曲ニ長調 op.77
→リサ・バティアシュヴィリ(Vn)
●バルトーク:《青ひげ公の城》op.11
→バリント・ザボ(Br/青ひげ)
 アンドレア・メラース(MS/ユディット)
⇒シャルル・デュトワ/NHK交響楽団


で。当然ながら週日の疲れが出て眠くなる。コンディションは悪い。

なので、偉そうなことは全然言えないんですけどもね。あちこちで人気のこのソリスト、少なくともブラームスでは、生硬な節回しに変化のない音色、ごぼうの固い水煮みたいで、演奏は全然好みじゃなかったんだよなあ。ブラームスのコンチェルトはもっと豊饒で贅沢な音楽として捉えたいのが、僕の正直な気持ち。

ブラヴォも飛んでたし、ネット上の感想も上々なので、きっと僕が彼女の良さを感じ取れなかったのが悪いんでしょう。しかしこういうキャラクタなら浪漫作品じゃなく、ディーリアスかバルトーク、ストラヴィンスキーのコンチェルトでも聴いてみたいものです。

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まったくこれじゃいかんと、休憩中に3階自販機でリアルゴールド120円を買い求め、ぐいと飲む。NHKホールならではです。

《青ひげ公の城》を生で聴けるのはこれが初めての機会であったために、この2週間ほど一生懸命に予習をした。朝一番から通勤電車で青ひげ。残業帰りにヘロヘロになっても青ひげ。不吉のきわみだよなあ。

その予習に使っていたケルテス/ロンドン響の演奏と比べて、デュトワ/N響の演奏では優雅さ・流麗さが非常に際立つ格好となっていたのが面白い。ほとんど「反表現主義的」と言ってもいいくらいだろう。
冒頭の東方風音響の柔らかさから違いを認識させられ、その後はパッセージ同士がぬるぬると連結して豊かに流れていく(先日のマーラーとは正反対の作り方と言える)。第5の扉、ハ調の爆発なんか《妖精の園》かよっていうくらい肯定的な響きだったし、第6の扉から第7の扉に掛けて、つまり音楽がもっとも妖しく光る局面においても、響きは乾燥しない。血は干からびず、前妻たちも生きている。

それに輪を掛けて素晴らしかったのが、青ひげを歌ったバリント・ザボと、ユディットを歌ったアンドレア・メラース。
ナチュラルなアーティキュレーションで、しかし(ここが重要だが)デュトワのつくる柔らかい地を生かして、彼らはちゃんと表現主義的な鮮烈な歌唱を行ない、強烈な図を提供していたのであった。ザボの苦悩の混じった声、メラースのヒステリックな声がやがて催眠に掛かったように沈んでいく有り様。

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演奏会がはねて原宿駅に向かって歩いていると、代々木競技場の第2体育館の上に巨大な満月が昇っていた。その夜、月は欠けて赤く光る。
by Sonnenfleck | 2011-12-13 22:12 | 演奏会聴き語り
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