景山梨乃 ハープデビューリサイタル@東京文化会館(12/22)

c0060659_8512034.jpg【2011年12月22日(木) 19:00~ 東京文化会館小ホール】
<フランスハープ音楽の夕べ>
●タイユフェール:Hpソナタ
●グランジャニー:《子どもの時間》
●コンスタン:《ハルパリュケ》
●ルニエ:『告げ口心臓』による幻想的バラード
●カプレ:『赤死病の仮面』による幻想的物語
●フランセ:五重奏曲第1番
●ラヴェル:序奏とアレグロ
○アンコール ドビュッシー:アラベスク第1番
→長尾春花(Vn)、山本美樹子(Vn)、松村早紀(Va)、山本直輝(Vc)
 窪田恵美(Fl)、前田優紀(Cl)
⇒景山梨乃(Hp)


佳いプログラムだとは思いませんか皆さん。
忘年会の特異日みたいなこの木曜日、幸いにして?何の予定もなかったので、急に決めて当日券で入りに行ったのだった。何しろ曲目が素敵だもんね。

ハープのリサイタルは、実は今回が初体験である。だから、ホールのどのへんに座ったらよいかもわからない。この楽器の正面はどこにあたるのか?
で、数年分くらいのハープ分を一気に摂取して、あらためて、ハープってのは(良い意味でも悪い意味でも)独立して閉じた楽器だなあというのを実感することになる。

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前半のソロ作品群では、この楽器が一台で行なう発音や表現する物事の幅広さを思い知らされた。考えてみれば、ハープはギターやリュート以上に複雑な角度から弦を弾くことができるわけだから、アーティキュレーションはそれこそ無限だよね。ショスタコーヴィチの交響曲で聴くチェレスタとかシロフォンみたいなハープの発音って、あれだけが「ハープらしい音」のカウンターパートじゃないんすね。

その意味で、マリウス・コンスタン《ハルパリュケ》が表現するイメージが興味深い。つまり空疎さや残虐、淫蕩に放心といったもの。こういう音楽では、ハープという楽器のくどいデザインが一周回ってよく活き、パフォーマンス自体がコンセプチュアルなものと化す。その好例だろうな。
あるいは、ルニエやカプレの「ポー音楽」。恐ろしく繊細な描写能力。


↑《ハルパリュケ》から終結部。

そして後半のアンサンブル作品群では、ハープの音像が擦弦楽器の音のエッジに負けて簡単に「最背面」に回ってしまう、この楽器特有の圧しの弱さが露呈していたのだった。圧しの弱さを生かして楽曲の壁紙にするのがもっとも平凡な解決とするならば(フランセ…)、しかし、ラヴェルの天才は平凡の愚を犯さない。

ラヴェルの序奏とアレグロ
小生ですね、この曲をようやく生で聴けてかなりテンションが上がっているんですが、弦楽四重奏にフルートとクラリネットまでいる、この鮮やかな音響体に、さらにハープまで加えてバランスが崩れないどころか、ほとんどオーケストラみたいな音がゆら…と立ちのぼっているのは驚き以外の何ものでもないですよ。ラヴェルの天才を聴かされると、カプレやフランセはすっかりかすんでしまう。

景山さんのハープはこの日いちばんの冴えを見せていたように感じる。
ハープの上手下手ってあまりよくわからないんだけども、「序奏」のおしまいにカデンツァのように配置されたハープの見せ場では、景山さんの撥弦がガラスのように硬質になり、「アレグロ」が始まってもエッジで競り負けない。むろんラヴェルがそのように設計している部分も大きいだろうが、音大生らしく急にテンションを上げたストリングス4本を向こうに回して、堂々と渡り合っている。

1990年生まれの景山さんはこれから、吉野直子さんや篠崎史子のようにハープ界を背負って立つ人材に育っていくのだろう。

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開演前にホワイエで飲んだ生ビールが奇妙に美味かった。疲れているな。
by Sonnenfleck | 2011-12-23 10:11 | 演奏会聴き語り
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