アフカム、アフカム!

ここ12年のショスタコ第10のディスクのなかから、まずは、もっとも若い指揮者が振っている録音を聴いてみたい(過去のライヴも含めてあと4枚くらいあるが―何せ当たり年―、このままシリーズ化できるかは不明)

ダーヴィド・アフカム David Afkham は、1983年フライブルク生まれの指揮者、独印ハーフとのことです。このライヴ録音の時点では26歳か27歳だろう。ロビン・ティチアーティと同い年なので、ドゥダメルとフルシャの2年、インキネンの3年後輩。ハーディング、ネルソンスやネゼ=セガン、ソヒエフ、V. ペトレンコ、K. ペトレンコ、V. ユロフスキといった1970年代組よりもさらに若い。

+ + +

c0060659_22204161.jpg【Orfeo D'or/C797111B】
●リゲティ:《アトモスフェール》
●ショスタコーヴィチ:交響曲第10番ホ短調 op.93
⇒ダーヴィド・アフカム/
 グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団
(2010年8月14日、ザルツブルク・フェルゼンライトシューレ)

タコ10が取り上げられることが増えてきた今、この曲の長くて重い第1楽章に、細かいアクセントやギミックを施していくのがトレンディなやり方だが、このトレンドに正しく乗って、アフカムもこの作品を軽く鋭く組み立てていく。
(※もう何度も書いているが、80年代から90年代の録音ではこの楽章を「とにかくもやっとさせよーぜ/^q^\」ってのがトレンドだったので、まさにタコ10暗黒時代としか言いようがなく、実際に何人かのイギリス人指揮者の録音は本当にひどい。意味もない「意味ありげ」の罪は重いよ。)

第2主題、フルートのアーティキュレーションの彫り込みが深くて嬉しい。ここがぼんやりしていると全曲を聴き通していく気が失せてしまうからね。
また、楽章終結部の茫洋とした風景を、あえてそれまで以上のヴィヴィッドな音色・輪郭のくっきりさを木管に要求して彩っているのもなかなか良いセンスと思う。GMJOの1stファゴット氏がたいへん「語りたがる」名手なのも、この曲であれば全体の完成度に寄与していますよね。

第2楽章は、GMJOが巧すぎて笑う。ユースオケで腕も立つと来たらこの楽章は燃えて燃えて仕方がないだろうし、アフカムもわりと非情なテンポを要求しているんだけど、実際はひょいひょいっと軽く捌いておしまいっ、てのが可笑しい。クラシカルな趣きさえある。第4楽章も同じ傾向。

+ + +

ところでこの録音でもっとも素晴らしいのは、実は第3楽章である。この楽章に頂点を持ってきている演奏は最近の記憶にはない。頂点となる内容を持つ楽章ながら、これまでほとんど誰もそれに気づかなかったということか。

「謎めいた雰囲気」という、この楽章に対する使い古された表現では片付けられない、呪術的な、何かどろっとしたものを、アフカムの曲づくりから僕は感じる。それは打楽器や、弦楽隊のpizzのリズムの取らせ方があまり西洋音楽的ではないからじゃないかという気がするんだよね。ごくごくわずかだけれどもそれらの音符だけが前に繰り上がって、西洋音楽の音価の秩序を多少なりとも侵している。

それでいて中間部では、急に慣れ親しんだソヴィエトの空気に先祖返り。中間部での烈しい揺れ動きと追い込みぶりは、こりゃまるでコンドラシンじゃないか。。
どっちがアフカムの本質だろう。どっちであっても最近の若手指揮者のメインストリームからはちょっと離れている。面白えー。

+ + +

GMJOのアシスタント・コンダクターに就任しているアフカム(GMJOの公式サイトでは音楽監督アバドの隣にちゃんと1コーナー持ってる)。これからどんな音楽をやっていくんだろう。
by Sonnenfleck | 2012-02-23 22:22 | パンケーキ(20)
<< 1950年の昏い森の中で。 В магазине >>