アレクサンドル・メルニコフ Pfリサイタル@浜離宮朝日ホール(2/26)

c0060659_2314478.jpg【2012年2月26日(日) 13:00~ 浜離宮朝日ホール】
●ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ op.87
⇒アレクサンドル・メルニコフ(Pf)


自分がショスタコーヴィチに共感を覚えるたちで本当によかったと思った。そうでなければ、この3時間のショスタコ漬けに耐えられないス。

ニコラーエワの録音を聴いていたところで書いた、この曲集の巨大さ勁さへの畏怖は、通しで聴いてみてもあまり変わらなかった。しかしニコラーエワが一歩一歩の徒歩登頂とすれば、メルニコフはもう少し「ずるい」。

ロープウェーを利用したり、自動車でショートカットしたりすることも厭わないかわり、突然、匍匐前進や五体投地を始めたりもする。それでショスタコーヴィチのマジメ性(バッハ性と言ったほうがいいか)は一気に減ぜられるわけだが、反面ショスタコーヴィチのなかに確実に最後まで存在したスラップスティック的好みが炙り出されてくるので、メルニコフの捉え方のほうが初演者ニコラーエワよりもかえって本質に近いかなという気もした。
(※wikipediaにこの曲集を評して「平明な音楽」と堂々と書いてあるのは、何か違うと思うんだよね。五線譜の土中から掘り起こされてないだけでさ。)

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個々のピースの感想文を書いていくと際限がないので止しますが、第14番のことと、第22番ト短調から第24番ニ短調への緊張に満ちた時間のことは書いておこう。

第14番の前奏曲は、この曲集の中でいちばんショスタコーヴィチらしくない変な曲である。僕はムソルグスキーの影響を強く強く強く感じるんだけど、あるいはムソルグスキーの師匠のバラキレフ、そこに流れ込んでいるリストの残響も聞こえる。
メルニコフの演奏は理想的であった!あまり理知的ではない化け物がでろでろと這いずり回る…様子を説話で聴くような、演出された気味悪さがまさにディカーニカ近郊夜話の趣き。

さて、前述のように比較的賑やかで抑揚の強い演奏をしてきたメルニコフだったが、最後の3曲では音楽が静謐な運動に還元されていくのがよくわかる。曲集の途中は上述のようなドタバタコメディも許されるけど、最後の3曲だけはそうもいかないんだよなあ。第23番のプレリュードはショスタコーヴィチの優しさが強く滲み出た、不思議と明るい音楽であるが、メルニコフはここも期待を裏切らない。第24番のフーガでは、あくまでも静謐な運動のまま大伽藍を組み上げる禁欲的姿勢に天晴れ!

聴き終えて理性は晴れ晴れ、でも感情はこんな感じ↓。とにかく疲れたのである。

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※会場でK産党のC書記長を見かけた。さすが斯界一のタコヲタ!
by Sonnenfleck | 2012-04-04 23:20 | 演奏会聴き語り
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