東京春祭マラソン・コンサートvol.2|ドビュッシーとその時代@東京文化会館(4/1)完走しました。

c0060659_22403460.jpg◆11時―
●《シランクス》
●《牧神の午後への前奏曲》
●《6つの古代の墓碑銘》
●《ベルガマスク組曲》~〈月の光〉
●《夢想》
●《2つのアラベスク》~第2番
●Fl、VaとHpのためのソナタ
⇒工藤重典(Fl)、山宮るり子(Hp)、藤井一興(Pf)、
 ロジャー・チェイス(Va)


ステージの照明も落ち、ハーピストがこっそり出てきたのに気をとられていたら、客席脇の扉から工藤重典氏が《シランクス》を吹きながら登場、そのまま登壇して《牧神の午後への前奏曲》。シンプルだけどかっこいい演出です。気の早い花見客で溢れかえった公園改札から、隔絶されたクロード祭へ。

しかしFl+Va+Hpソナタのクールさに圧倒される。この曲を生で聴くと、見事な錬成にいつも惚れ惚れしちゃうのだ。たとえば柿とこんにゃくと鯖みたいに、融け合うようで融け合わないキャラたちを、見えない調味料でまとめて懐石料理に仕立てたような。。ナッシュ・アンサンブルのヴィオリストが男臭くていい音の持ち主。

+ + +

◆13時―
●サティ:《薔薇十字団のファンファーレ》~〈教団の歌〉
●《忘れられた映像》
●《前奏曲第2集》~〈花火〉
●《映像第2集》~〈金色の魚〉
●《海》(ドビュッシーによる四手Pf編曲版)
⇒藤井一興(Pf)+本田聖嗣(Pf)


素晴らしい一時間。藤井一興氏を高く評価する声は以前からしばしば聞いていたけれど、しっかり生で聴いてみて、音のカラフルさと鮮烈さ、洒落ているくせにねちっこいタッチなど、なかなかに魅せられた。《忘れられた映像》のサラバンド、そして〈花火〉での空間の拡がり、見事だったなあ。

《海》は二人の熱気が正確さをざぶんと飲み込んで波浪警報発令だったけど、大オーケストラのクラングを完全に四手に移植したドビュッシーの魔術には驚嘆せざるを得ない(特に第2楽章は骨格がはっきりと見えてたいへん面白い体験だった)

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◆15時―
●《ビリティスの3つの歌》
●《艶やかな宴第1集》
●《前奏曲集第1集》~〈亜麻色の髪の乙女〉
●《子供の領分》~〈グラドゥス・アド・パルナッスム博士〉
●ショーソン:《リラの花》
●同:《7つの歌曲》~〈ハチドリ〉
●同:《ヴェルレーヌの2つの詩》
●《子供の領分》~〈小さな羊飼い〉〈ゴリウォーグのケークウォーク〉
●《夢に》
●《花に》
●《フランスの3つの歌》
⇒林美智子(MS)+河原忠之(Pf)


ごめんなさい。ドビュッシーの歌曲にはまだ親しめない。幸せの昼寝時間。

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◆17時―
●《夜想曲》(サマズイユによる四手Pf編曲版)
⇒藤井一興(Pf)+本田聖嗣(Pf)
●弦楽四重奏曲 ト短調 op.10
⇒渡辺玲子(Vn)+小林美恵(Vn)+川本嘉子(Va)+向山佳絵子(Vc)


カルテットの予想通りの素晴らしいパフォーマンスに大満足。この布陣で良くないわけがないのだ。
よく、常設団体>非常設団体みたいな図式を目にするけど、それは演奏する曲による。たとえばこの曲のように各パートのキャラクタが激しく対立する音楽なら、非常設団体に漂う緊張感が良い方向に作用するわけです。

今回も、互いに「これはソロVn(またはVa、Vc)と弦楽三重奏のための組曲よ!」みたいな4人の思いがぶつかり合って音楽が硬く引き締まり、鉱物のようなテクスチュアが生み出されてました。いやー素晴らしかった。

前半に演奏された《夜想曲》の四手バージョンは、ドビュッシー自身の編曲じゃないからなのか、原曲フォルムの取捨選択の仕方がなんとなく咨意的な感じがして。
ところがその咨意性の結実として、よりによってあの〈シレーヌ〉が、まるで南国の夕暮れの渚のように極上トロピカルミュージックに変容していたのは、特筆すべき吃驚ポイントだったと言える。

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◆19時―
●《前奏曲集第1集》~〈デルフォイの舞姫〉
●メシアン:《鳥のカタログ》~〈キガシラコウライウグイス〉
●《映像第1集》~〈水に映る影〉
●ラヴェル:《水の戯れ》
●《映像第2集》~〈葉末を渡る鐘の音〉
●ミュライユ:《別れの鐘と微笑み―オリヴィエ・メシアンを悼んで》
●《12の練習曲集》~〈5本の指のための〉
●マントヴァーニ:《4つの練習曲集》~〈レガートのために〉
●《仮面》
●メシアン:《4つのリズムの練習曲》~〈火の島Ⅱ〉
 ○《前奏曲集第1集》~〈亜麻色の髪の乙女〉
 ○クルターク:《激昂した亜麻色の髪の乙女》
⇒永野英樹(Pf)


ラフォルジュルネで十分に懲りてるはずなのだが、朝から夜まで生演奏を聴くとさすがに集中力が持たない。が、この最終公演ではすっかり引き込まれてしまった。

永野英樹氏を知ったのは、10年くらい前に帰朝公演の様子がNHK-FMで流れたのを聴いたとき。Ensアンテルコンタンポランのピアニストは伊達じゃなく、ルー・ハリソンのピアノ作品をバリバリ弾いてるかっこええ兄ちゃん、という認識でいたが、この日の公演で、メシアンとミュライユをバリバリ弾くかっこええ兄ちゃん、にアップロード。見かけはイチローみたいなのにね!

彼の明晰なタッチはエマールをさらに細身にしたような感じ。つまり耳に痛いくらい鋭敏であるから、メシアンの鳥もずいぶん生き生きとピーチクやるし、ミュライユの鐘もぎゅんぎゅんと鳴り渡る。メシアンは神懸かっていたなあ。。

でも、そんな彼が弾くドビュッシーは瑞々しい果汁のように甘口で、とても興味深い。象徴主義文学ヲタとしてのドビュッシーのキャラクタを忠実に掘り下げると、案外こういう様式が正しいのかもしれないな。

メシアンの《火の島Ⅱ》大噴火演奏のあと、アンコールとして〈亜麻色の髪の乙女〉が食後のソルベのように供された。爽やか。

で、これで終わりかと思いきや。最後でまさかのクルターク〈激昂した亜麻色の髪の乙女〉が僕らを待ち構えている。最初は「亜麻色の髪の主題によるインプロヴィゼーション」でも始めたのかと思ったけど、ちゃんとこういうパロディ作品があるんですね。デザートにも熱くて苦いソースを掛けるのを忘れない永野シェフ。2曲ずつセットの趣向も楽しかったな。

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一日券を買って楽しんでるコアなファンが、目算では20人くらいはいたように思う。会場のオペレーションがアルバイト学生ばっかりでパッとしなかったり、各1時間の休憩時間をすっかり持てあましたりしたが(一度などは上野公園の坂を下りて一蘭に入りとんこつラーメンをすする始末)、そんな環境も含めてお祭り。でもそのわりにはガチな演奏ばっかりだったよなー。

すっかり満足して家路につくころには日も暮れて、いまだ春浅し。
by Sonnenfleck | 2012-04-09 22:45 | 演奏会聴き語り
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