諏訪内晶子 Vnリサイタル@秋田アトリオン音楽ホール(4/28)

c0060659_21581086.jpg【2012年4月28日(土) 14:00~ 秋田アトリオン音楽ホール】
●シューマン:Vnソナタ第1番イ短調 op.105
●ベートーヴェン:Vnソナタ第5番ヘ長調 op.24《春》
●バルトーク:《ルーマニア民俗舞曲》Sz.56
●エネスコ:Vnソナタ第3番イ短調 op.25
⇒諏訪内晶子(Vn)+イタマール・ゴラン(Pf)


今年のGWは用事があって実家に帰ったのだが、たいへん珍しいことにまともな公演と帰省日程が重なったため、是非なく聴くことにしました。

秋田駅前から徒歩5分ほどの距離に位置するアトリオン音楽ホールは、座席数700ほどの中ホール。バルコニー席のない1フロアのみの方形をしており、関東の方は東京文化会館の小ホール、東海の方は岐阜のサラマンカホールをイメージしてもらえれば比較的わかりやすいだろうか。ホール内部はこんなふう↓

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高校生だった2001年にブレンデルのディアベッリを聴きに行って以来、10年ぶりに足を踏み入れることになったわけだ。
ここの柿落としは1989年だけど、内装のセンスは(地元民の思い入れを排しても)首都圏のホールと遜色ないので、今でも別段古めかしさは感じない。安心した。

+ + +

さて、諏訪内姐さんの音楽をちゃんと聴いたのは昨年の東響定期@テアトロ・ジーリオ・ショウワでのシマノフスキが初めてと言っていいんだけど、今回のソロリサイタルも昨年同様の感興をもたらした。

その興の中心にあるのは、主にバルトークとエネスコで端的に表出していた、妖艶な歌い口である。特に、エネスコのソナタを聴くのはこれが初めてだったのだけれど、ルーマニアン・ラプソディのようなキッチュな愉しさはこのソナタでは影を潜め、より曖昧な調性と自由な拍感が支配する神秘的な音楽なんすね。

諏訪内姐さんのここでの歌い口は―意外にも―ごく真面目で、省略や上滑りとは無縁の真摯なボウイングに終始する。しかし音楽ってのは面白くて、ある作品ではそうした生真面目さが単純な無味乾燥を呼ばず、むしろ黒ぶち眼鏡の秘書のようなある種の妖艶さを醸し出すこともあるんだわな。それが計算されてるような気がする。

ウルバンスキのサポートを得たシマノフスキも巧みだったが、似た組成をした音楽の演奏実践としては(イタマール・ゴランの伴奏の完璧さもあって!)今回のエネスコに軍配が挙がりそう。しかしこれらの艶麗な音楽を、安定して妖艶に演奏してくれる日本人が身近にいてくれるのは、嬉しいことだ。

+ + +

残念ながら前半のシューマンとベートーヴェンはあまり楽しめなかった。

これもまた音楽の面白い(また怖い)ところですが、シューマンは男臭い浪漫を作為的に演出しようとしてガチガチに硬い演奏に、ベートーヴェンは「楽に呼吸してまっせ」というのを表現せんとするあまり拍節感の混乱が発生してしまったようだった。ピリオド由来じゃない自由なフレージングは、古典派音楽においては今やとっても危険な代物になっている。

しかしそれでも、バルトークやエネスコにおける達成は霞まない。ハイフェッツの愛器・ドルフィンも上機嫌だったのでは。
by Sonnenfleck | 2012-06-06 22:11 | 演奏会聴き語り
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