藤谷治『船に乗れ!』、2008年、ジャイブ(2011年、ポプラ文庫ピュアフル)
音楽一家に生まれた僕・津島サトルは、チェロを学び芸高を受験したものの、あえなく失敗。不本意ながらも新生学園大学附属高校音楽科に進むが、そこで、フルート専攻の伊藤慧と友情を育み、ヴァイオリン専攻の南枝里子に恋をする。夏休みのオーケストラ合宿、市民オケのエキストラとしての初舞台、南とピアノの北島先生とのトリオ結成、文化祭、オーケストラ発表会と、一年は慌しく過ぎていく。書き下ろし、純度100パーセント超の青春音楽小説。(「BOOK」データベースより)事務的なあらすじはこんなもんだが、主題として紹介すべきなのは、 ・人間はどこまでも利己的で醜悪であるということというようなところ。 本書は出版されたレーベルがヤングアダルト向けのようで、書店に出かけていっても「上等なラノベ」くらいの扱いしか受けてないのだが、自分はこれを中高生が喜んで読むとは到底思えない。むしろ未来に希望を持つ若人にとっては害毒ではないかとさえ思う。「何ものにもなれなかった」後悔の濃霧が全体を覆い尽くしている。 + + + おそらく―おそらくと書いておこう、人生はフィクションのように綺麗に伏線が回収されたりしないし、理由のない出来事も多かろうと思う。 その真理をあえてフィクションに入れ込んでしまうなんてことをすれば、表裏が裏返って「エンタメ作品としては」破綻しそうなものだが、作者は微妙なバランスでもって破綻を最小限に食い止めようと試み、でも結局は絶妙に破綻して、ジュブナイルでも恋愛小説でも青春追憶小説でもない、何ものでもない痛痒い余韻を残しながら物語は終わる。 ともかく、読後の後味の悪さは近来のエンタメ小説とは確実に一線を画す。僕は今のところ、この作品を再読しようという気が全然しない。 このままでは、僕はこの場で紹介文を書こうとは思わなかったと思う。 しかし、この本筋に対して宿命的に、分かちがたく絡みつく悪い蔦のような音楽の描写(より正確には奏楽の描写)が、異常なほど優れている。クラを愛する者であれば一発でハートを持っていかれる。それを心の底から請け合いたいと思うから、この小説をご紹介する。 技術的な恐怖、我のぶつかり合い、合奏の法悦。上のほうで「何ものでもない」と書いたが、もしかしたら、これは頗る変わった姿をした音楽小説かもしれない。 ブラ5、貼っときましょうか。時代的にはリヒターがいいですね。
by Sonnenfleck
| 2012-06-12 22:38
| 晴読雨読
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Comments(2)
こんにちは。
私のサイトの更新を楽しみにしていてくださるとは…光栄です。 「船に乗れ!」、痛い小説でした。 主要登場人物の突飛な行動の理由は最後までわからないままだし、 エピローグにもなんのカタルシスもない。 後悔と罪悪感を抱えながら、それでも人生は続く。 残酷なまでに「現実」そのもの。 青春エンタテインメント小説と思って読んでえらい目にあいました。 決して忘れられない作品ですが、いまだに読み返すことはできません(一生できないかも)。 しかし演奏場面はホントに素晴らしいですね。 メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第1番」 バッハ「ブランデンブルク協奏曲第5番」・・・ 思い出すだけで胸がキュンとなります(←きもい)。
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by
Sonnenfleck at 2012-06-17 14:00
>木曽のあばら屋さん
掲示板にはお邪魔できていませんが、こっそり楽しみにしております。 現実は痛い失敗の堆積物の上に立つ楼閣みたいなものだなあ、という当たり前の事実に嫌でも目を向けさせられます。「純文学」に頻出する痛い行為は案外、痛いなかで首尾一貫してたりしますし、この作品のなかにある痛さは変に現実的なんですよね。 貼り付ける動画、メンデルスゾーンのトリオかリストのプレリュードかでも迷いました。いま、メンデルスゾーンをティボー+カザルス+コルトーで聴いてますが、私もキュンときてますのでどうかご安心ください(笑)
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