梅田俊明/都響 プロムナードコンサートNo.349@サントリーホール(6/23)

c0060659_1011421.jpg【2012年6月23日(土) 14:00~ サントリーホール】
●ムソルグスキー/R=コルサコフ:交響詩《はげ山の一夜》
●クーセヴィツキー:Cb協奏曲嬰ヘ短調
→山本修(Cb)
●R=コルサコフ:交響組曲《シェヘラザード》
⇒梅田俊明/東京都交響楽団


6月のふんわりした晴れ間の午後に、ロシア音楽の並んだ名曲プログラム。ホール前の滝も涼しげな季節になった。

それで、本公演。都響のプレーンな実力と、梅田氏の清潔な音楽観がしっかり結びついた、適切で快適な演奏実践だったわなあと考える。たとえばクラシック音楽に馴染みのないひとがこのコンサートを入り口にできたとしたら、それは幸福ではないだろうか。プロムナードコンサートの模範のような120分。

まず、梅田氏の適切なフォーミングとそれを実現する適切な指示に言及しないわけにいかない。
梅田氏はずいぶんいろいろなオーケストラに登場しているマエストロなので、きっと幾度もどこかで、彼の音楽を聴いているのだが、この日の午後ほど梅田氏の巧みさを意識したことはなかったと思います。特に《シェヘラザード》など、第3楽章までは中庸美に溢れた極めて上品な仕立てだったけれども、第4楽章で採用された前のめりテンポと婀娜っぽい音色に、都響というオケを無理なくドライヴしてリムスキー=コルサコフを実現させる戦略を感じないわけにはいかなかった。

左様に好感の持てるリードが成されていくなかで、都響のアンサンブルの快適さが随時放出されていたのはとても重要だ。
《はげ山》夜明けの丁寧で薄い合奏はまさしくシルキーと言い表せるだろうし、協奏曲でトゥッティが聴かせた盆栽のような静かな険しさは、クーセヴィツキーの狙いがシンプルに、必要十分に再現されていたと言ってよいだろう。もちろん《シェヘラザード》での四方コンマス・古川首席のソロも艶やか。都響は平日公演が多くてなかなか聴きに行かれず、やや久しぶりに体験したけど、やっぱ巧いわなあ。

+ + +

さて、クーセヴィツキーのコントラバス協奏曲を、というよりコントラバスをソロに立てた協奏曲をこの日初めて耳にしたのであった。

ソロとしてのコントラバスは、サーカスの孤独な象が四肢を小さく折り曲げて曲芸をしているかのようで、ほのかなペーソスを感じさす。あの楽器がソロを務めるにはサントリーホールは大きすぎるようだ。でも、伴奏側の編成が小さく刈り込まれ、さらに梅田氏がメリハリを付けてトゥッティを捌いていくので、聴衆としてはだんだん耳の照準が定まっていくのを感じる。ソロは都響首席の山本氏。
by Sonnenfleck | 2012-07-01 10:30 | 演奏会聴き語り
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