スダーン/東響 第602回定期演奏会<マーラーのリート・プロジェクトその3>@サントリーホール(7/21)

c0060659_22153219.jpg【2012年7月21日(土) 18:00~ サントリーホール】
●マーラー:歌曲集《さすらう若人の歌》
→ヴォルフガング・ホルツマイアー(Br)
●リスト:ファウスト交響曲 S108
→チャールズ・キム(T)
→東響コーラス
⇒ユベール・スダーン/東京交響楽団




本日のプログラムは、手ひどい失恋によって恋愛にトラウマを負った非リアバリトン青年が精神的修行のすえリア充テノールになって帰還し、最後は永遠に女性的なものによって救われる仕様です。

《さすらう若人の歌》。ずいぶん久しぶりに聴いたのだが(2003年の河野克典+アルブレヒト/読響以来じゃねえかな)、当夜は後期マーラーにまっすぐつながる要素をいくつも発見したのが大収穫。
第3曲に聴かれるのはたとえば第6交響曲のスケルツォのような陰惨さ、第4曲に見つかるのは、のちにはマンドリンを導くようなふんわりとした諦念。ホルツマイアーのちょっとクサい演出と、シェーンベルクシリーズを経由したスダーン/東響の響きに対するセンスが、これらを十分に顕現させていたようでした。

+ + +

そしてファウスト交響曲。変な曲だなあ。
第3楽章の後半までホントに退屈でつまらない。僕の耳ではこの曲の楽しさはわからなかった(リスヲタ上級者向けなのか)。それはたぶん、小粒な主題をゾロゾロと並べ、カラオケの伴奏みたいな薄めの音楽を展開するリストの筆によるものであって、指揮者やオケのせいではない。どうにも仕方がないので、途中でワーグナーっぽい架空のアリアを考えて乗せる作業に没頭する。

ところが第3楽章のラスト5分でテノールソロと男声合唱が加わって、音楽は突然、完全体である「千人の交響曲」に変容してしまうんである。そうか重要なパーツがあらかじめ抜かれてたのか。道理で物足りないはずだ。合体ロボ物だったんすね。

歌詞だってわかりやすいチョイス。
Alles Vergängliche
Ist nur ein Gleichnis;
Das Unzulängliche,
Hier wird’s Ereignis;
Das Unbeschreibliche,
Hier ist’s getan;
Das Ewig-Weibliche
Zieht uns hinan.
マーラーの場合、この部分は「神秘の合唱」という名前で、全体合唱とソロによるオールマイティな音楽が付与されているが、リストも完全に同じ。まさしくマーラーの元ネタみたいな感じですね。

一時間以上続く小粒な主題群に倦むことなく、生真面目に音楽を織り上げていったスダーン/東響に大きな拍手を。やっぱりこのオケの、どこか東欧の小国のオケを思わせるような、くすんだ音色が好きである。プチ重厚。この音色はホントに貴重だ。東響コーラスも(どちらかというと苦言を呈すコメントのほうがよく見つかる団体だけれども)この日は匂いやかで柔らかい響きを、東響と一緒に作り上げていた。

テノールはブリリアント☆リア充。

さて、音楽の仕組みがネタっぽくて面白いということと、何度も聴いて楽しみたいということの間には、致命的な溝がある。まあ人生で一度は生で聴けてよかったな…というレベルの感興が自分に残っているのを発見したのであった。
by Sonnenfleck | 2012-07-21 22:47 | 演奏会聴き語り
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