夏の良心のような日曜日。
空は果てしなく蒼く、入道雲は明らか、日射しは厳しいが木陰はあくまで凉しい。避暑地での音楽会もいいけれど、こんな日は外を歩きたくなる。 + + + まずは、招待券が手許にあったレーピン展に赴く。クラ畑の皆さんにはレーピンと言ったらヴァディムだろうけれど、美術畑ではイリヤなんだろうか?僕はなぜこの人を知らずにきたのか?この展覧会を見たかぎり、ロシア藝術好きならば必ず知っておかなければならなかったはずだ。 イリヤ・レーピン(Илья Ефимович Репин、Ilya Yefimovich Repin 1844 – 1930)は、19世紀末ロシア画壇のアカデミズム系のボスだった。1930年まで生きるが、晩年はフィンランドに隠棲したのでアヴァンギャルドの隆盛からは距離があったみたい。でも(このへんの事情は全然触れられていなかったが)社会主義リアリズムの最盛期にはこの人はずいぶん持ち上げられたんじゃないかなとも予想する。 + + + クラシック音楽ファンで《作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像》(1881年)を見たことのない人は少数派だろう。実は僕たちは、彼の作品をよく目にしていた。 このムソルグスキーの肖像は作曲家が世を去る数週間前に病室で描かれたものらしく、キャプションには「髪はぼさぼさ、目は虚ろ」みたいなことが書き連ねてある。 でも、レーピンがこの作品で淡い灰緑色の瞳に塗り込めたのはムソルグスキーの死相なんかではなく、画家の作風を特徴づけてもいる淡々としたハイパーリアリズムの結果としての「作曲家の清澄な精神」だったんじゃないかと、僕などは思うた。 そしてこの作品である。 《トルコのスルタンに手紙を書くザポロージャのコサック(習作)》(1880年)。 おや?ショスタコーヴィチを愛する者ならば、あの交響曲のあの楽章が大音量で再生され始めますね? コンスタンティノープルのスルタンを悪し様に侮辱する手紙を書くザポロージュのコサックたち。男たちの下卑た笑い声や、汗の温気と馬糞の臭いが立ちのぼってくるような生々しい画面だけど、これで習作だからね。やべーね。ショスタコーヴィチはトレチャコフ美術館で、この作品の完成バーションを目にしていたのだろうか。 ほかにも、ポスターに使用されている妻ヴェーラの官能的な肖像や、セザール・キュイやレフ・トルストイのアカデミックな肖像画が来ていたが(キュイの軍服がアディダスのばったもんジャージみたいなカラーリングで笑う)、最後のコーナーに禍々しい闇を投じていたこの作品に肝を潰す。 《ゴーゴリの自殺》(1909年)である。ご存じのようにゴーゴリは『死せる魂』を執筆中に発狂して原稿を暖炉に投じたと一般的には言われているが、これはその場面を、まさにゴーゴリ流のグロテスクさでもって描いた作品。 本展覧会の前半に、同じゴーゴリの『狂人日記』の主人公・ポプリーシチンの発狂デッサンが出ていたのをここで思い出すが、自分をスペイン王と信じて疑わない統失者ポプリーシチンと同じ眼を与えられて、ゴーゴリは中空を見つめている。 + + + 誠実で真面目な、とても善い展覧会。Bunkamuraの展覧会はいつもいつもオサレ感と物足りなさを残してきたが、今回は足を運んで大正解だった。心胆にマヒャドを食らって、東急百貨店の循環バスにしょんぼり乗り込む。
by Sonnenfleck
| 2012-08-27 22:18
| 展覧会探検隊
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Comments(2)
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s_numabe at 2012-08-28 01:20
貴君の《ムソルグスキーの肖像》評に全面的に同意します。ここには不遇な天才を前にしての密やかな敬意があると思う。被写体の内奥まで照射する公平無私の眼差しに言葉を失ったまま立ちつくしました。
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Sonnenfleck at 2012-08-28 23:04
>s_numabeさん
ありがとうございます。あの瞳の澄明さには吸い込まれるような趣があって、キャプションとは正反対の印象を持ちました。画家の眼差しが公正ならば、僕たち鑑賞者は一層そうありたいものですね。
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