[不定期連載・能楽堂のクラシック者]その一 能「賀茂」@国立能楽堂(11/10)

ひと月ほど前のとある金曜日、帰宅してTVをつけると、Eテレの「芸能百花繚乱」で能「船弁慶」が掛かっていた。波間に現れた平知盛の怨霊がバーバリックなリズムで踊り狂い、義経と弁慶に襲いかかる―。これが強烈に格好いいんである。



↑「船弁慶」から知盛登場シーン。

ちょうど大河ドラマ「平清盛」を(かなり熱心に)見ていることもあり、平家物語には少なからぬ親近感。能の演目に源平ものが多いのが運の尽きであった。新中納言知盛、僕を古典芸能の海底に引きずり込む。

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c0060659_11174829.jpg【2012年11月10日(土) 13:00~ 国立能楽堂】
●解説「白い矢と朱の矢―賀茂社の縁起と能」
→田中貴子(甲南大学教授)
●狂言「佐渡狐」(和泉流)
→松田髙義(シテ/佐渡の百姓)
 野村又三郎(アド/越後の百姓)
 佐藤友彦(アド/奏者)
●能「賀茂」(観世流)
→武田宗和(前シテ/里女|後シテ/別雷神)
 坂口貴信(前ツレ/里女)
 武田宗典(後ツレ/天女)
 宝生欣哉(ワキ/室明神の神職)ほか


国立能楽堂は千駄ヶ谷駅から徒歩5分。サッカーに縁がない僕には千駄ヶ谷は「津田ホールの街」だったが、これで「津田ホールと国立能楽堂の街」になった。門前の警備員氏がひとりひとりに挨拶をしているのが新鮮スね。

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建物に入ると空間にかなりのゆとりがあり、独特の重厚感が漂う。新国立劇場には残念ながらこの風格はない。でもホールの菱形構造は上野の東京文化会館小ホールとうり二つ、座席数も600席あまりとよく似ているので、クラ系のひとはあそこを想像してみてください。

1 おはなし
この公演は国立能楽堂が月に一度主催している「普及公演」なので、前座に30分の演目解説が。先生もジョークや森見登美彦(糺の森の古本市に増殖する黒髪の乙女等)を引っ張ってきたりして余念のないお話ぶり。ありがたい。

この能は、上賀茂神社(正式には「賀茂別雷神社」)の祭神・賀茂別雷大神が登場する目出度い演目。それでいて、川で水を汲んでいた女が、上流から流れてきた白羽の矢を持ち帰ったところ女はたちまち妊娠、別雷神が生まれる、という神さびたエロティックストーリーでもあります。ふむふむ。何しろ矢印だもんねえ。

2 音楽
クラシック者としての物差しを総動員。

(1)囃子方(はやしかた、オーケストラ)
笛・小鼓・大鼓・太鼓がひとりずつ舞台の奥に並んで座る。前奏曲や間奏曲に相当する器楽合奏ナンバーと、それから登場人物たちのアリアや重唱の伴奏を担当する。

面白いのは、笛以外の3名の「掛け声」も独立した器楽パートとして各ナンバーに包含されているという点。したがって七重奏くらいの豊かな響きも可能で、盛り上がる場面ではちゃんと響きが厚くなるというわけ。
むろん、指揮者がいたりはしないので、縦線が揃う揃わぬという点については一向に気にされていない。そのため七重奏のクライマックスでは、かなりドロドロした呪術的音響が出現する。

(2)謡(うたい、アリア・重唱・レチタティーヴォ)
能が「アリア→レチタティーヴォ→アリア」というふうに運ばれていくことがわかったのが今回の最大の収穫かもしれない。
黙役もいるみたいだけれど、基本的に登場した人物はみな謡うらしい。登場人物たちは彼らの思いをアリアに込めるいっぽうで、ものがたりを進める説明口調のセリフもちゃんと発している。面白いことにこのときオーケストラは伴奏をやめるんだよね。レチタティーヴォ・超・セッコと言ってよかろう。

(3)地謡(じうたい、コロス)
能の劇的世界のうち、非常に不思議というか、クラ者として慣れないのが「地謡」と言われる8人の合唱団の存在。

注意して聴いていると、どうやら演者のアリアや重唱の歌詞のうち特に作者が重要と感じた部分をリフレイン、または情景描写を補強するのが役目みたいだ。オペラのように「群衆」として存在しているわけじゃない。面白いよね。声なのに人じゃなくてむしろ楽器、いや、楽器どころか装置。

(4)舞(まい、バレエ)
謡いが入らない器楽合奏ナンバーは、前奏曲や間奏曲以外にも適宜挿入されている。ほんとうにオペラ・バレと一緒ですね。

今回の番組でもっとも心を奪われたのは、ラスト15分ほどで繰り広げられた天女と別雷神の舞。オーケストラの狂乱、地謡の高揚はこの日の最高潮に達し、天女の涼やかな官能と、足を踏み鳴らして威を誇示する別雷神の神々しい傲慢が感興を醸す。これは完全にラモーのオペラ・バレと同じ感覚。

3 クラ者の雑感
・初めてのホールでも苦労することなく自分の座席に辿り着けるくらいのクラヲタなら、能楽堂への入場は簡単にクリアできる。

・クラのコンサート会場でいちばん多いアラフォーおじさんたちはむしろ少数派。老若問わず女性の比率が高く、若いカポーも少なからず見かける。バレエの客層をうんと渋くしたような感じかな。
・客層の玄人感はクラシックの比じゃないが、彼らは思いのほかフリーダム。謡の楽譜みたいなものをベラベラ捲りながら鑑賞している婆さんなどがあちこちにいる。しかしコンサートホールにいるような怒りんぼうがいないので、ちょっとのんびりしてます。
・前の座席の背もたれに字幕システムが完備。これはクラ側からするとホントにうらやましい。日本語字幕より英語字幕のほうがわかりやすいのは内緒だ。
・椅子ふかふか~。

・拍手の作法がきわめて独特である。クラ者的にはこれがいちばんの違和感だな。
第九で例えれば、指揮者が手を下ろして…無音、ソリストとオケが全員退出して…無音、合唱団員の最後の一人が袖に入る後ろ姿に向けて、やっと儀礼的な拍手がパラパラッと起こる。これでおしまい。
・感激を拍手に込めてはいけない。
・ブラヴォもダメ。
・行き場のない高揚感をグッと飲み込み、膨満ゴーホーム。

・国立能楽堂のホワイエにはドリンクカウンターも自販機もありません。ひさびさに水飲み機をフル活用。
・でもそのかわり、物凄ーく入りにくい「食事処・向日葵」がある(新国立劇場の「マエストロ」みたいな感じね)。いつか能ヲタになったら幕間に堂々と入店してあんみつなど注文したい。
by Sonnenfleck | 2012-11-23 11:21 | 演奏会聴き語り
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