[不定期連載・能楽堂のクラシック者]その二 素謡「翁」&能「弓八幡」@国立能楽堂(1/5)

昨秋からあれよあれよという間に嵌りはじめた能。2013年はコンサートホールじゃなく能楽堂でライヴ初めをすることにしました。

チケットをもぎってもらい入場すると、ロビーに正月のお飾りを発見。
これ、比べる対象が写っていないからわかりにくいけど、250L冷蔵庫くらいの存在感です。鏡餅の直径は下のお餅で30cmくらい。伊勢えびも誇らしげ。目出度い。
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ほぼ初体験と言っていい前回11月定期は正面の席に座ったのですが(下の写真では右の方に広がっているエリア)、今回はいちばん安い中正面という斜めの席をチョイス。舞台に近いしいいじゃん♪と開演前はるんるん。でもこの場所がなぜ安いのかは後ほど判明する。
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↑お正月限定の紙垂が鴨居に掛かってます

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c0060659_2222987.jpg【2013年1月5日(土) 13:00~ 国立能楽堂】
<国立能楽堂1月定例公演>
●素謡「翁」(宝生流)
→近藤乾之助(翁)
 金井雄資(千歳)
●狂言「牛馬」(大蔵流)
→大藏吉次郎(シテ/牛商人)
 善竹十郎(アド/博労)
 山本東次郎(アド/目代)
●能「弓八幡」(宝生流)
→大坪喜美雄(前シテ/老人|後シテ/高良の神)
 小倉健太郎(ツレ/男)
 福王和幸(ワキ/臣下)
 喜多雅人(ワキツレ/従者)
 是川正彦(ワキツレ/従者)
 善竹富太郎(アイ/山下の者)ほか


1 「翁」に驚愕
今回はまず「素謡」と言われる、囃子方(オーケストラ)も舞(バレエ)もいない、謡(ソロ)と地謡(コロス)だけの無伴奏合唱曲が演奏されたのだった。

「翁」っていうのは、どうも詳しくはわからないのだけど、能の演目のなかでもっとも成立が古く、能にして能に非ずと言われる作品らしい。
翁 とうどうたらりたらりら、たらりあがりららりどう
地謡 ちりやたらりたらりら、たらりあがりららりどう
翁 所千代までおはしませ
地謡 我等も千秋さむらはむ
翁 鶴と亀との齢にて
地謡 幸ひ心に任せたり
翁 とうどうたらりたらりら...
ここにことばを載せた前半部分は、呪術的なオノマトペによって水滴からやがて滝の轟音を描写し、続く後半部分では鶴と亀のいる渚の砂(いさご)がさくさく、朝日の輝きを謡いあげて、最後は全員で「万歳楽(まんざいらく)」と和して終わる。ストーリーはない。天下泰平。寿ぎの極致。

たった6人の声楽アンサンブル、しかもソロを謡うのが84歳の老翁・近藤乾之助氏であるにもかかわらず、巨大なモダンオーケストラが演奏するスクリャービンやシェーンベルクと同じくらいの圧倒的な極彩色を感じ取った。遥か眼前の広大なランドスケープ。この体験は何だったか?

この15分くらいのうちに能の秘め事が全部入っていたような気がする。バッハでいうとフーガの技法、ベートーヴェンでいうと32番ソナタみたいな。隣の席に座っていたおじさんは、「翁」だけ聴いて帰っていった。

2 「弓八幡」に背筋を正す
牛と馬のどちらが優れているかを競い合うほんわか系狂言にうとうと。休憩時間に中庭に出て冷たい外気に触れて眠気を散らす。後半は能「弓八幡」です。

(1)おはなし
11月同様、神様の化身が出てきていろいろと由来を語ったのち掻き消えて、後半で神様本体が登場し舞う。たぶん「脇能」っていう種類だな。

八幡神がいる石清水八幡が舞台。後宇多上皇の臣下が参詣していると、弓を袋に入れて携えている老人と出会う。弓が袋に入っているのはすなわち天下治まった泰平の徴で、自分は実は石清水八幡の摂社※ の神(高良神)だと語って消え失せる。
(※この高良神社は、「仁和寺にある法師」が石清水八幡宮と間違えてお参りしてしまった徒然草のエピソードで有名みたいです)

やがてどこからともなく妙なる音楽と薫香が漂い、白髪の老人から若々しい黒髪の姿に戻った高良神が顕現、爽快にして雄渾な舞を舞う。やっぱりバロックオペラとそんなに変わらないぜ。

(2)アリアとバレエ
そういう演目なのか、演者のセンスなのか、その両方なのか、まだ全然判別できないんだけど(クラシック聴き始めのころと同じ!)、今回の「弓八幡」は前回観た「賀茂」よりずっと快活な語り口が多く、舞も涼やかで直線的だった。

ただ、ここに来て中正面に座ってしまった失敗がじわじわ効いてくる。
中正面が安いのは、ずばり「柱が邪魔だから」の一点に尽きる。正方形の舞台の対角線に沿って舞われる局面が多いので、演者と柱がダダかぶりで全然見えない!柱を切り倒したくなる、というのもよくわかるねえ。以後注意しよう。

ともあれ、特に後宇多院の臣下(ワキ)を演じた福王和幸氏のレチタティーヴォが弾むようなアーティキュレーションだったのと、後半で高良神(後シテ)を演じた大坪喜美雄氏の舞いが実にイケメンだったのが印象深い。黒に金の上着(なんて呼ぶのかわからん)の袖をぶあっっっと返す仕草に、金の砂子が飛び散るようなエフェクトを幻視。イケメン神様っていいよね!

3 クラ者の雑感
・やっぱり英語字幕がわかりやすい。ものがたりを追うことができる。
・" ...during the reign of the emperor Kinmei, Usa, Kyushu... "って表示されたときの「なんでアメリカなの?」感。
・今回の詞章は"emperor"を"he"に置き換えるとだいたいメサイア。なにしろheのreignを寿ぐ内容ですので。

・毎回の囃子方(オーケストラ)の演奏を比べて違いを聴きわけるなんて、今の段階では全然できる気がしない。そもそもあれは楽譜があるんだろうか…?

・実は今回、終演後に「みんなで謡おう!高砂」っていう超アグレッシヴなコーナーがあった。
・歌詞カードもプログラムと一緒に配られたんだけど、フツーの「《歓喜の歌》を歌いましょう」などとは格が違う。技術的困難を思って早々に退散。

・でもその後、ロビーでコートを着たりしていてもあんまりお客は出てこなかったので、みんな謡ったんだなと思われる。すげえなあ。この「鑑賞と実践のお隣感」はクラシックとは違うなあ。
by Sonnenfleck | 2013-01-07 22:06 | 演奏会聴き語り
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