フルシャ/都響 第745回定期演奏会Bシリーズ@サントリーホール(12/15)

c0060659_21225649.jpg【2012年12月15日(土) 19:00 サントリーホール】
●バルトーク:Pf協奏曲第2番 Sz.95 BB101
→ゲルハルト・オピッツ(Pf)
●コダーイ:《ガランタ舞曲》
●バルトーク:《中国の不思議な役人》組曲 op.19 Sz.73 BB82
⇒ヤクブ・フルシャ/東京都交響楽団


どこで見かけても感想はほぼ絶賛の嵐、という注目の若手指揮者ヤクブ・フルシャ。今年ようやく聴けたのだ。

フルシャは1981年生まれの31歳。僧帽筋が発達したハリポタのような雰囲気だけど、彼がつくる音楽もまた、魔法のように鮮やか。驚いた。
しかしもちろん彼の魔法は、たとえば20世紀中葉であれば魔法だったかもしれないが、いまや指揮者の呪術的カリスマによって立ち昇る紫の煙ではなく、明確に乾いた高速演算処理の賜物であるのが痛快だ。

協奏曲を飛ばしてまずガランタ舞曲。急激に立ち上がる豊穣な響き。
前半は自分があまり聴けていなかったのかもしれないが、細部の音色の選択が練りに練られているところに、舌を何回転かぐるぐるっと巻かざるを得ない。拍手と歓声もずいぶん大きい。

そしてミラクルマンダリン…。上述の鋭い音色センスに加えて、縦方向の精密な積み重ねがビシッ、、ズシッ、、と重たくキマっていくので、重厚で華麗なマチエールがちゃんと現れている。こういう拍感覚って今日の指揮者ではプリインストールアプリみたいなものだけど、フルシャのセンスはちょっと高級感がある。
さらにそこへ、都響のバランスのいいクリアな音色もうまく相乗し(彼らの音響はロンドン響に似てきていると思う)、ある種の現代的な格闘技を観戦しているような快感を想起させられたのだった。都響は佳いオケだよねえ。ほんと。

+ + +

さて。前半のバル2はいささか問題の多い演奏だったのだ。
フルシャと都響は(すでに書いたように)非常に精密でしかもマッチョな快感も忘れない伴奏を繰り広げていたようなんだけど、そこに、オピッツのソロが乗り切らない。。まるで東京メトロの運行システムに旧い蒸気機関車をムリヤリ乗せているかのような齟齬が続発している。

オピッツにはカーテンコールで鋭いブーが飛んでしまったが(とても見事なブーだった)、蒸気機関車自体はそれほど悪くない。もうちょっと異なるタイプの伴奏―つまりリズムや色彩、力感じゃなく、しっとりした空気感や「間」みたいなものに重点を置く伴奏だったなら、より佳い演奏になっていたんじゃないかと思うんだよね。

フルシャは、あるいは、オピッツに主導権を譲るべき局面だったかもしれない。でも、協奏曲を自在に合わせるスキルも、きっと彼なら身につけられると思う。今後のフルシャ追っかけが楽しみです。
by Sonnenfleck | 2013-01-11 21:25 | 演奏会聴き語り
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