【2013年2月9日(土) 14:00~ 大槻能楽堂】
<大槻能楽堂自主公演能 日本探訪シリーズ 研究公演> ●お話「砧考 世阿弥の砧を読み解く」 →天野文雄(国際高等研究所副所長) ●能「砧」(観世流) →野村四郎 (前シテ/蘆屋某ノ北方|後シテ/北方の亡霊) 上野雄三(ツレ/夕霧) 福王茂十郎(ワキ/蘆屋某) 喜多雅人(ワキツレ/従者) 小笠原匡(アイ/下人)ほか 土曜20時開演の大井浩明ワールド@京都カフェ・モンタージュに合わせ、何かいい公演がないかと探した結果、今回は大阪の難波宮跡近くに建つ大槻能楽堂を訪れることにした。観能を始めてからまだ日が浅い僕は、これが初めての国立能楽堂以外での公演であります。 地下鉄中央線・谷町四丁目(「た」にまちよんちょうめ!)から少し歩くと、古い映画館のようなコンクリート建築が姿を現す。内部の様子は、たまたまここで収録された半能「石橋」をテレビで見ていたのである程度わかっていたが、かなり古めかしい。実家にいるような独特のにおいも趣深い。 観能3回目の今回、初めて脇正面の席を選んだのだった。脇正面は演者たちが登場する長い廊下に沿ったエリアで、正面とは90度異なる面から舞台を眺める。上の写真だと壁画の松に向かって左側に廊下が伸びて、舞台袖に通じてます。 + + + これまでに見た2公演(11/10「賀茂」、1/5「弓八幡」)はいずれも「脇能」、つまり神様が登場する、荘重でおめでたいオペラ・セリアのような作品だったわけですが、今度は違う。「砧」は「雑能」という雑多なカテゴリのなかの「怨霊物」に属する作品で、これでいよいよ、能の世界に深く沈潜することになろう。 現在の能の上演形態でもっとも多いのが2つないし3つの能で1つないし2つの狂言を挟むスタイルだが、この日は大槻能楽堂の「研究公演」とのことで、能「砧」の詞章(歌詞)を世阿弥が書いたとおりに復元しよう!というピリオド能公演。「砧」1作品が古典学者の解説付きで上演されました。 ◆1 おはなし 訴訟で都に上ってから、3年もの間戻らぬ蘆屋某。蘆屋某の妻はそれを嘆き悲しんでいる。そこへ蘆屋某から伝言を預かった侍女・夕霧が帰郷、妻は故事に倣い、砧を打って己の不遇を慰めようとするが、「今年も戻らない」という伝言を夕霧から聞いた妻は、嘆きのあまり命を落とす。 後半。慌てて帰郷した蘆屋某の願いによって、妻の亡霊が現れる。砧を打ち続けよという地獄の責め苦の辛さを訴え、蘆屋某を呪い、怨む。しかし夫が唱える法華経により、妻の亡霊は成仏する。 ◆2 ダンスとオーケストラ 今回、もっとも心を揺さぶられたのは、観世流・野村四郎氏演ずるシテ=蘆屋某の妻である。 野村氏は日本能楽会会長にして藝大名誉教授という凄い77歳。巨匠の至芸と書いていいのだろうと思う。震える指先を加齢のためとはつゆほども思わせず、むしろ哀しくも「重い女」の心の有り様を示す。 後半、亡霊の能面(痩女 ※ちょっと怖いのでご注意)を被ってからはさらに力が増し、激しく取り乱して顔を覆う仕草や、憤怒の形相で蘆屋某に詰め寄る様子、そして怨みと恋しさがメタメタに混ざった苦しみなど、すべてを身体から放射していた。ほんの少しの顔の傾け方で、能面の表情は千変万化する。凄艶のひと言。 オーケストラは太鼓を欠いた編成(笛・小鼓・大鼓)。席の関係かもしれないが、大鼓の方の声があまりにもよく通って、全体のアンサンブルが破綻しかかっているように感じた。 これは彼個人の解釈なのか、「砧」の楽譜の指定なのか、関西の能が全般的にそうなのか、あるいは僕の囃子アンサンブル観が間違ってるのか、理由は不明。観能の場数を踏まないとこのへんはよくわからんですな。 ◆3 演出? 能に「演出」が有り得そうだ、というのも今回見出されたこと。 これまでに見た能は、いずれも、すでに舞台に並んでいる囃子方が奏する前奏曲が始まってから、演者が舞台に進み出てきた。しかし今回、アンサンブルは舞台袖のなかで前奏曲をやり、その後シテたる蘆屋某の妻がアンサンブルの面々と一緒に無音のまま登場。劇の始まる前から舞台に座っている。 ト書きに最初から厳密にそう書かれているのであれば認識は改める必要があるし、そんなん珍しくも何ともないわ、ということなら別にいいんだけど、僕としては、能にも音楽を中断したり改変したりする上演(あるいは作品)があるんだなあと今回感じ入ったことは記録しておきたい。 ◆4 クラ者の雑感 ・なお、読み替えにより舞台が1950年代のアメリカに…なったりはしない模様。 ・前半で妻が落命するところと、後半で妻が成仏するところ、つまりこの作品の胆と言える部分で、同じ婆さんが二度も携帯を鳴らしおった。永遠に呪われれ。 ・でもクラシックみたいに客席が殺気立つことがないんだよなあ。これは本当に文化の違いというか面白いギャップ。みんな冷静に舞台に集中してる。大人。 ・BADかつ消え入るような終結は、チャイコフスキーの悲愴を蒸留して純度を高めたようであったことだ。そして彼女は妄執から救われる。
by Sonnenfleck
| 2013-02-13 23:14
| 演奏会聴き語り
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Comments(2)
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Hokurajin
at 2013-02-14 21:45
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能の世界というのは、なんとも言い難い雰囲気がありますね。
私も何度か行ったことがありますが、いまだに分かったような分からんような・・ あの数人のアンサンブルも、西洋音楽では考えられない不思議な間合い。謡(うたい)を、ジャパニーズ・コーラスと言っていいのかどうか。 これらの感覚を体得するには、ひょっとしたら修行が要るのかなと思ったりしています(笑) その点、狂言は喜劇だけのことがあって分かりやすいので、狂言だけの催しにはよく行きます。 能もしばらく見ていないので、ただいまどれを見にいこうかと選考している最中です。 それから能を見て感じることは、拍手をどこでしていいかよく分からないですね。 特に拍手は要らないみたいな感じもするし、登場時にすると雰囲気を壊しそうだし、やはり皆さんがされている退出時がいいのかな。 明日は歌舞伎を見にいく予定です。といってもピリオドではなく、新作のようです。でも「新八犬伝」とあるので原作は古典になるのかな。
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Sonnenfleck at 2013-02-15 06:56
>Hokurajinさん
そうなんですよ!あの雰囲気を楽しむだけじゃなく、いつかは理論的に観能するのが夢なのですが、それを達成するにはたぶん相応の修行、あるいは能のお稽古までやらないといけないような気もしてます。。 拍手、初めて能を見たときに非常に戸惑いました。こちらの感動を伝える手段がないのって不便なものですね。思い切って全然拍手しないのもむしろアリかもしれません。 歌舞伎は能とはずいぶん違う藝術だなあと感じています。どちらも楽しい。新作って能でも歌舞伎でもときどき掛かってますよね。いつかは試してみたいです。
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