尾高忠明/東京フィル 特別演奏会|グレの歌@オーチャードホール(2/23)

2011年3月12日。帰宅を諦めて会社に泊まり込んだ僕は、残ったほかの同僚とともに、倒れてしまったキャビネットたちの搬出作業に午前いっぱいを費やして、昼ごろようやく平常運転に戻り始めた中央線を使って帰宅したのだ。

この土曜日、僕はラザレフ/日フィルのコンサートに出かける予定で、Twitterの情報を見るかぎりではそのコンサートは果敢にも開催されるようだったが、再び帰宅できる保証はなかった。こうして僕はそのチケットを無駄にした。

そして2011年3月20日。僕はもう一枚、死んだチケットを眺めなければならなかった。中止が発表された、東フィルの創立100周年記念演奏会、グレの歌である。

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c0060659_20414482.jpg【2013年2月23日(土) 15:00~ オーチャードホール】
<特別演奏会>
●シェーンベルク:《グレの歌》
→ヴァルデマル王:望月哲也(T)
 トーヴェ:佐々木典子(S)
 山鳩:加納悦子(A)
 道化クラウス:吉田浩之(T)
 農民・語り:妻屋秀和(Bs)
→三澤洋史/新国立劇場合唱団
⇒尾高忠明/東京フィルハーモニー交響楽団


でも東フィルは諦めていなかった。今度は作品の初演100年目のその日に、グレの歌はついに演奏されたのだった。

1 作品のこと
《グレの歌》は、表現主義期のシェーンベルクが取り組んだ、全曲2時間を超える巨大な世俗オラトリオ=歌付きの交響曲=舞台なしオペラ。
時間だけじゃなく、編成も本当に巨大。ロマン主義の断末魔を表現するためにシェーンベルクは150人規模の大オーケストラを指定しちゃったんだよね。さらにそこへ5人のソロ歌手と混声8部合唱が加わるので、もう浪漫的妄執の産物と言っていいだろう。オーチャードの奥行きのあるステージを隅々までみっちり占有して、それでどうにか収まる。
(※この日は弦楽器があまりに多すぎて、ふだんは打楽器がいるあたりにようやく木管の1列目が並び、金管はその奥。打楽器陣の絶望的な眺望は推して知るべし。)

全曲は次のような構成(以下、当日のプログラムから抜粋)。
<第1部>(約60分)
序奏
第1の歌「今 黄昏に 海も陸も」(ヴ王)
第2の歌「月が滑るような光を投げ」(トーヴェ)
第3の歌「馬よ なぜ こうも歩みが遅いのだ!」(ヴ王)
第4の歌「星は歓びの声をあげ」(トーヴェ)
第5の歌「天使たちの舞いも」(ヴ王)
第6の歌「今 初めて告げる」(トーヴェ)
第7の歌「真夜中だ」(ヴ王)
第8の歌「あなたは 私に愛の眼差しを向け」(トーヴェ)
第9の歌「不思議なトーヴェよ」(ヴ王)
間奏
「グレの鳩たちよ」(山鳩)

<第2部>(約5分)
「神よ 自分のなさったことをご存じか」(ヴ王)

<第3部>(約65分)
「目覚めよ ヴァルデマル王の臣下たちよ」(ヴ王)
「柩の蓋がきしみ 跳ね上がる」(農民)
「王よ グレの岸辺に よく来られた!」(臣下たち)
「森は トーヴェの声で囁き」(ヴ王)
「鰻のような 奇妙な鳥」(道化クラウス)
「天の厳格な裁き手よ」(ヴ王)
「雄鳥が鳴こうと 頭を起こし」(臣下たち)
序奏
「アカザ氏に ハタザオ夫人よ」(語り手)
「見よ 太陽を!」(合唱)
実はこの2時間、地の文の時間軸ははなはだ不安定に遷移するんだよね。
第1部の終わり、第9の歌までは、時間軸はヴァルデマル王とトーヴェの逢瀬をだらだらと描写する。しかし急転直下、間奏でトーヴェの死が暗示され、山鳩は葬列を歌う。そして第2部はヴァルデマル王の最後の呪詛。たぶんここで王は死ぬ。

第3部の前半はヴァルデマル王の死後、幾星霜を重ねたのちの時代のようだ(明示はされないけど)。
亡霊となったヴァルデマル王が、やはりすでに葬られている臣下を墓から呼び覚まし、グレの大地を徘徊する描写が続く。アンデッドの長い夜は、それが一夜のことなのか、それとも繰り返される苦しみの夜々のことなのか、明確にはならない。

そこへオーケストラの序奏とともに、夏の朝の風が吹き込んでくる。時間軸はやはり明らかにならないが、「朝」がやってくるのである。この永遠の朝とともに時間が消失して、この長大なオラトリオは終わる。

時間は自由に伸縮する。そこでの主人公は誰か?ヴァルデマル王?山鳩?トーヴェの幻影?ゾンビ軍団?
いやいや。このオラトリオの主人公は「グレの大地」ではないかい。
これは呪われたグレの大地に永遠の安らぎが訪れたことを寿ぐオラトリオだったのだ。震災で中止に追い込まれたこの作品の公演が、いま復活する意義はある。せめて藝術の中だけでも、永遠の安らぎの朝が訪れたっていい。。

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2 音楽のこと、演奏のこと、うたのこと

この作品は、興味深いことに途中で作曲が中断された経緯を持つ。
この日のプログラム解説(舩木篤也氏)によると、第1部から第3部の農民の歌くらいまでが1901~03年、それ以降が1910年の作曲とのこと。この間、シェーンベルクは表現主義から無調の時代に突入したけれど、1910年に作曲された部分もいちおうは表現主義時代の様式に基づいている。…かに聴こえる。

でも、実際はそうではない。
ラトル/BPOのCDでこれまでずっと予習してきて、ここの「接ぎ木」部分はそれほど気にならなかったんだけど、生で聴くと明らかに第三部途中からのテクスチュアがそれまでと異なっていて、かなり吃驚してしまった。Twitterでどなたかが「これだけ巨大な音響になると録音には入りきらない、または家庭のオーディオでは再現できない部分が多い」と指摘されていて、今はそれがよく納得できる。

つまり、1910年部分からは、それまで分厚い「塗り」の後方に押し込められていた立体感が急に前面に出てくるということ。
アンサンブルの単位は小さくなり、ソリスティックなパッセージが急増、その小ブロック同士のぶつかり合い=異化し合いで音楽が進んでいく。表現主義的な旋律が乗っかっているけれども、これはシェーンベルク十二音に進化していく骨格だよね。



尾高氏と150人フル編成の東フィルは、立ち上がりの黄昏音楽こそぎくしゃくしたものの、初速が遅い重機械のように尻上がりに調子を上げて、やがて「山鳩の歌」に到達するころにはこの世のものとは思えないくらい絢爛な音響を振りまき始める。

このお方は案外、しっくりくるレパートリーが広くない印象なんだけど、尾高氏の真骨頂である上品でさらりと甘いハーモニーセンスは、むしろ第3部の「接ぎ木」以降、とてもよく映えたように感じた。最後の5分間、朝がやってきてからの素朴な高揚感には、胸が締め付けられるような思い。震災のあと、最初に聴いた生演奏は尾高氏のマラ5だったけれど、僕はまたこのお方に大深度心理を救われたな。

声楽は、肝心のヴァルデマル王の望月氏が不調(というより、そもそも威圧的な大管弦楽には対峙できないという声質アンマッチによる悲劇?>二期会《カプリッチョ》でフラマンを歌ったときはとっても好かった!)に見舞われてほとんど声が通らなかった以外、新国の合唱団も含めて全員大健闘だったと思う。
それにしても妻屋氏の野太いシュプレヒシュティンメ、さすがだったなあ。彼が最後の5分を朗らかに導いた。

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モニュメンタルな公演でしかも極めて良質な演奏だったのに、終演後に客席があまり盛り上がらなかったのはなぜだろう?最近「盛り上がりすぎる」公演にばっかり足を運んでいたからそう感じたのかな。。
by Sonnenfleck | 2013-02-24 20:43 | 演奏会聴き語り
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