クイケン・アンサンブル来日公演:滋味の味

【2005年6月3日(金)19:00〜 来日公演/東京オペラシティ・コンサートホール】
●バッハ:管弦楽組曲第2番ロ短調 BWV. 1067
●シュメルツァー:弦楽のための哀歌
●コレッリ:合奏協奏曲ニ長調 op. 6-4
●テレマン:《ターフェルムジーク》〜Flソナタロ短調
●コレッリ:合奏協奏曲ハ長調 op.6-10
●ヴィヴァルディ:Fl協奏曲ト短調 op. 10-2 RV. 439 《夜》
 ○アンコール ヴィヴァルディ:Fl協奏曲ト長調 RV. 436 〜第3楽章
 ○  〃   ヴィヴァルディ:Fl協奏曲ヘ長調 RV. 433 《海の嵐》〜第3楽章 
→シギスヴァルト・クイケン(1stVn)、寺神戸亮(2ndVn)
 マルレーン・ティールス(Va)、ヴィーラント・クイケン(Vc)
 バルトルド・クイケン(Fl)、ロベール・コーネン(Cem)


80年代の古楽を支えたクイケン三兄弟(もちろんコーネン、ティールスも)。彼らが揃って来日するのは実に18年ぶりとのことです。バロヲタは行かざるべからず。それにしても全員、老けましたね^^;;;;

1曲目は管組2番。最初のフランス風序曲の荘重さを、Kbのいない編成でいかに醸すのか、、と思いきや、なるほど特に重々しさには拘らない。Cemのコーネン(すっかり校長先生然)は派手な装飾音を抑制しているし、Vcのヴィーラントは、Kbの穴を埋めるために張り切る…というよりはむしろかなり控えめな音量で淡々とリズムを刻んでいくのみ。こういったあり方は、最近の「主張しまくる通奏低音」に慣れた耳には逆に新鮮です。〈ロンド〉での、一拍目を付点のように扱う独特の解釈が愉快。予想よりかなり遅い〈バディヌリ〉には、過剰な演出を嫌う彼らのスタンスが如実に現れているように感じました。Vaのティールスは基本的に涼しい顔。それにしてもバルトルドはやっぱり巧いですわー。
2曲目シュメルツァー(1657年、神聖ローマ皇帝の死を悼むラメント。レトリックが随所にちりばめられてるようです。中間部のいつ果てるともない鐘の描写がライヒのようで印象的)を挟み、3曲目はコレッリ6-4!このときも書きましたが、僕はこの曲に強い思い入れがありまして。さてここでシギスヴァルトと寺神戸がパートを交代、寺神戸の突然の大胆な装飾(ここまでやってるのはマンゼくらいっすね)でグラーヴェが開始されます。ところが続くアレグロで、2ndのシギスヴァルトが大崩れ●●どうしたんだ…音程、音色、リズム、すべてダメでした(T_T) 第3楽章では一番大切なリズムが死んでるし、第4楽章でも高揚することなく、明らかに次兄氏が足を引っ張って、燃焼し尽くせぬまま終わってしまった感があります。悲しい。衰えか。会場は盛り上がっていましたが。恋しきはガッティ、カルミニョーラ。
後半テレマンのFlソナタは通奏のヴィーラントが思いっきりエンジン全開、ソロのバルトルドを食うほどの存在感でした。あくまで滑らかな高音、そして時折聴かせるエッジの立った低音が実に熱い。この曲が一番安心して聴けたような気がします。
コレッリ6-10ではまたシギスヴァルトが1stに復帰、今度は6-4のように崩れることなく弾ききる。こういうなだらかな曲を選ぶ趣味のよさ。
最後の《夜》は高い完成度を誇っていました。ここでの緻密なアンサンブルはこの曲の極度の繊細さをよく引き立てていたし、バルトルドの安定感にはまったく舌を巻く。多彩さだとか、奇抜さだとか、目新しさはないけれど、ああいい古楽演奏を聴いたなあという、最上の意味でのルーティン的安心感があります(これは皮肉でも嫌みでもない)。
わざとらしいブラヴォーの掛け声もなく、聴衆の満ち足りた拍手に気をよくしたのか、2曲もアンコール。派手に煌めくことのないヴィヴァルディもオツなものです。最後は上機嫌のコーネンが投げキッスでお別れ。

テレビカメラが入っていました。もしかしたらNHKで放送されるかもしれません。
by Sonnenfleck | 2005-06-04 02:10 | 演奏会聴き語り
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