ブリュッヘン・プロジェクト第2夜|18世紀オーケストラのモーツァルト&ショパン@すみだ(4/5)

c0060659_23194737.jpg【2013年4月5日(金) 19:00~ すみだトリフォニーホール】
<ブリュッヘン・プロジェクト第2夜>
●モーツァルト:交響曲第40番ト短調 K550
●ショパン:Pf協奏曲第1番ホ短調 op.11
●ショパン:Pf協奏曲第2番ヘ短調 op.21
 ○ショパン:夜想曲第5番嬰ハ長調 op15-2
 ○ショパン:マズルカ第25番ロ短調 op.33-4
→ユリアンナ・アヴデーエワ(Pf/1837年パリ製エラール)
⇒フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ


本当はこの金曜日、会社の飲み会が入っていたのだけど、急にキャンセルになったのを幸いに、やりかけの仕事を全部引っ掴んでかばんに詰め込み、錦糸町に駆けつけたのだった。

このブログを読んでくださる皆さんであればご存知かもしれません。僕はブリュッヘンに対して特別な思い入れがあります。
彼らの(ら、の!)音楽を初めて聴いたのは、シューベルトの5番とメンデルスゾーンのイタリアがカップリングで入ったディスクだったと思う。でも2002年のみなとみらいでベートーヴェンの第9が聴けたのを最後に、「ら」の公演を聴くチャンスは日本では巡ってきませんでした。

2005年のすみだで新日フィル初共演のラモーの第1音に度肝を抜かれたのは間違いないことだけど、新日フィルとのハイドン、ベートーヴェン、ロ短調ミサなどをずっと聴いてきて、何かが物足りなかったんだ。何か?それが古楽器の濃厚な響きじゃなくて何だというのだ!

彼ら(ら、の!)の来日公演はもう行われないだろうというのが大方の意見だったけれど、10年の時を経て彼らは再び来日した。でもこの10年でブリュッヘンはすっかり老いた。ついに今宵は車いすで指揮台に運ばれてゆくくらい老いた。
ネットラジオで一生懸命聴いた00年代の「ら」の演奏、つい最近リリースされた新しいベートーヴェン全集、どれも嶮岨で静かな名演奏に変貌している。80年代の録音で聴ける「ら」の合体魔法をやるには、もう「MPがたりない!」なのではないだろうか…。「ら」の再来日に歓喜するいっぽう、僕はそう思っていました。

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でも!でもモーツァルトの40番が鳴りはじめて、僕はブリュッヘン+18世紀オケの合体魔法を正面からまともに浴びて256ダメージ!何も違わない!80年代の録音のあの濃密な音楽が戻ってきてる!

管楽隊のびゅわっ!というあの響き、弦楽器のしゃららー+ごりっ!というあのブレンド感。00年代ブリュッヘンの静謐な音色も今ではパレットに加わって、高濃度モーツァルトが描かれていく。フォルムは一切崩れず、明暗はあくまでも克明。そこへ、指揮者の爺さんが発する「zuuuuuu...ziiiiiiii.........」という風の歌が聞こえてくる。

驚いたのは第3楽章と第4楽章で、舞曲を処理するみたいにアンチナラティヴなリズムを付加してゆく指揮者と、あの旧い響きが帰ってきた18世紀オケが反応しあって、明らかにラモーの音楽が転生したようなモーツァルトができあがっていたこと。あの音は生涯忘れないだろう。
ありえない空想だけど、18世紀のどこかの宮廷に存在した老宮廷楽長とハイパー名人宮廷楽団に、仮にタイムマシンでモーツァルトのスコアを届けたら、一生懸命、彼「ら」の流儀でこんな演奏をするんじゃん?そういうことだ。

なお、ハイパー名人宮廷楽団にはウルトラコンマスがいて、ときどき中身が抜けて骨格だけになる老宮廷楽長の手の動きや目線の方向を察知し、完璧にサポートしていました。ウルトラコンマスのザッツと老宮廷楽長の震える指先の、その狭い隙間に湧き上がってくる音楽のピュアな響き。

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ショパンの感想文(特にソリスト、アヴデーエワ女史のこと)を書くのは、僕には荷が重い。
伴奏部分について語るなら、ブリュッヘンと18世紀オーケストラの演奏によって、それがまるでシューマンを思わせるほの暗い大気が充満した音楽に翻訳されていたことに触れておきたい。そしてVc首席はFgとの連携を常に意識しながら、明らかに他のパートとは異なる文法でソロパートにひたり...と寄り添っていた。ショパンのなかに潜む昔。
by Sonnenfleck | 2013-04-06 00:33 | 演奏会聴き語り
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