竹橋の近美で開催中のベーコン展は、アジア初の大規模回顧展として注目を集めているが、額装に関して独特のこだわりが展開されているのがまず興味深い。
ベーコン自身が好んだとされる、鑑賞者や室内が容赦なく映り込むフツーのガラスのプレートと、金のプレーンな額縁がそのまま利用されている今回の展示。わざわざキャプションにも書かれていたんですが、ベーコンはガラスによる隔絶感が好かったらしい。 彼の作品は(時期にもよるけれど)比較的暗い色調のものが多いので、われわれ鑑賞者はある程度以上の見づらさとともに作品を覗き込むことになるというわけです。 初めのほうに展示されていた《屈む裸体のための習作》(1952年、↓)を視ている時間、そうした状況の面白みが最高潮に高まる。 暗い画面にはベーコンらしい檻と、身を屈めた裸体の男、檻の外から裸体の男を見つめているひとりの人物、そして、それを眺めている僕の姿が映っているのである。彼我の境界は完全に崩壊して、認識がぐらぐらする。僕の姿はどれ?画面に描かれた檻の外の人物?それとも比較的既視感の強いリアルな影? 以前、武満を外で聴いているとその無音部に街の騒音が入り込んで楽しい、という趣旨のことを書いた(→タケミツのジャンクな楽しみ方。)。ベーコン展はそれをもう少し進めた恐怖をこちらに植えつけてくれたというわけです。ベーコンがやりたかったのは、ガラスの隔絶感を触媒にして彼我の境界を破壊することではなかったのかしら。彼だけの世界も、我だけの領域も、どちらも存在しないんであるよ。 + + + それから、ベーコンの身体感覚ががっちり理解されたのも大収穫だったと思う。叫ぶ教皇とスフィンクスだけがベーコンじゃない! 本展の後半、ベーコンの後半生に差し掛かるにつれて、彼は身体への偏執的なこだわりを画面に展開していくようになる。 1960年代以降は、教皇やスフィンクスのように「身じろぎしない」対象ではなく、身体を伸ばし、縮め、くねらせ、何かを搾り出すような人物たちがたくさん描かれる。それは熱く連続してゆく身体を瞬間冷凍したような、凍れる身体性とでも言うべき作品たちなのだった。とにかく連続を一瞬に写し取っているんだよ。ベーコンは。その証拠に、画面の檻はこのころすでに撤去されてるのだった。 われわれはキュレーターに巧みに誘導されながら、ベーコンから誘発された土方巽の舞踏映像《疱瘡譚》(1972年)を鑑賞することになります。そこで壁面に投影される土方の肉体は、すぐ隣の壁に掛かる《座像》(1961年)や《椅子から立ち上がる男》(1968年、↓)と寸分違わない。 そして最晩年のベーコンは、もはやガラスに頼ることなく、彼我の境界を破壊しにかかるんだよね。《三幅対》(1991年、↓)でパーツに分解された男性は、その脚で額縁を跨いでこちらにやってくる。境界問題と身体性の合体魔法である。 その激烈な身体性に立ち向かうのが、最後の部屋のインスタレーション《retranslation│final unfinished portrait(francis bacon)│figure inscribing figure│[take 2]》(2005年)です。 これは作家のペーター・ヴェルツとダンサーのウィリアム・フォーサイスが、ベーコンの絶筆となった未完の肖像画をダンスに翻訳する試み。先述の土方巽の映像と決定的に違うのは、ベーコン作品の「影響下」じゃなくベーコン作品の「翻訳し直し」であるということで、僕はここにキュレーターの花押がはっきりと署名されているんじゃないかと思うの。ベーコンが東京においても無事に歴史になったことを確認して、われわれは日常に戻ることになるのです。
by Sonnenfleck
| 2013-04-10 06:32
| 展覧会探検隊
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