バッハ・コレギウム・ジャパン《ヨハネ受難曲》@彩の国さいたま芸術劇場(3/30)

3月末から4月初旬に受難曲を聴く習慣は、もちろんクラヲタになってから身についた後付け設定なのだけど、なんだかすっかりしっくりくるように脳みそがチューニングされている。
BCJによるバッハの受難曲を聴くのは何度目だろう。聴くたびに新しい発見があり、何かを得て家路につく。

今年は3/29が聖金曜日。オペラシティでBCJを聴くのをなるべく避けたい者として、翌日にさいたま芸術劇場の公演が設定されているのは幸運でした。
さいたま芸劇は、いまの居所からならそれほど遠くはない(すみトリとあまり変わらず、MMよりは間違いなく近い)にもかかわらず、これまで足が向かないホールだった。最寄りの埼京線・与野本町駅からのアプローチは、三鷹の風のホールに似ているけど、さらに最大公約数的郊外。ホール内部は典型的な中ホールで、内装もアコースティックも上質。これはもっと足を運ぶべきだなあ。

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c0060659_2245227.png【2013年3月30日(土) 16:00~ 彩の国さいたま芸術劇場】
●バッハ:ヨハネ受難曲 BWV245
→ジョアン・ラン(S)
 青木洋也(A)
 ゲルト・テュルク(T)
 ドミニク・ヴェルナー(Bs)
⇒鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパン


何年か前、名古屋のしらかわホールでBCJを聴いたあたりからだろうか、僕はBCJの音楽に強いアクセントや濃厚な明暗を感じるようになってきています。初めて聴いたころのBCJはもっと平明で、レオンハルトが指揮するカンタータみたいにルネサンスのモードを感じさせる演奏が多かったような気がするのだけれど。

この日の演奏は、その明確なコントラストをさらに一歩進めた、マイBCJ史上もっとも激しく揺すぶられる音楽でした。

まず冒頭合唱の第1音に、ホールの空気がビリビリと震える。ほとんど絶叫に近いが、このナンバーは元来、それを許すくらい浪漫的でもある。さっそく秀美氏+優人氏を中心とした通奏低音隊に耳の焦点を移せば、これまでに彼らの演奏では聴いたことがないくらい激しいアタックを繰り返しているのだ。。

ユダヤ群衆を描写しながら同時にコラールを歌う合唱は、この午後、人間の醜さと美しさを交互にわれわれに聴かせて、真実の藝術を発露していたと思います。

群衆の合唱は、これもマイBCJ史上最強の立体感を表し、x軸y軸z軸、いずれの方向からも僕を苛みました。
「ユダヤの王様wwww万歳wwwwwww」のあたりなどは本当に下衆の極致で、耳を塞ぎたくなるくらい醜悪。なのに(なのに!)直後のコラールではどっしりとしたオフホワイトの光を聴衆の内面に向けて照射するのです。この激しい美醜のコントラストに滂沱の涙。いったいどうしたらいいんだ。。精神を掻き乱されるような事態に身体は硬くなるだけ。。

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エヴァンゲリスト、ゲルト・テュルクももう何度めかわからないが、やっぱりこのひとのプレーンな朗唱スタイルが好きだ。バラバ!のときに1箇所だけ入りをミスってしまったような気がするが(気のせいだったかもしれない)、その直後のテノールのアリアを弱々しげに歌う姿には思わず少し萌え。

通奏低音耳からすれば、特にエヴァンゲリストのレチタティーヴォは秀美氏のVc鑑賞大会になるわけですが、ペテロが兵卒の耳を斬り落とすときの剣の一閃、そして終わりのほうで槍がイエスの脇腹に突き刺さる一撃、いずれも強烈なボウイングによって壮絶な音がVcから発せられていました。

ソロではソプラノのジョアン・ラン、アルトの青木氏の、特にそれぞれ2回目のアリアが絶品だったなあ。特にランは非常に強い感情が入ってしまっていて(それでいて藝術としてもぎりぎり破綻していないのがすごいのだが)、歌い終えてから合唱の中に戻っても何度かまなじりを拭っていたのだった。

青木氏のアルトは何よりもあのなよやかなフレージングが魅力。受難曲のなかでバッハがアルトに与えるアリアにはだいたい艶と怨が込められているように思うんだけど、青木氏の歌唱が安定感を帯びたとき、雅明氏の思い描く受難曲の姿が固定される。

バスのドミニク・ヴェルナーは発音の不明瞭さや腰の重さがあまり好みではなく(前はそんなこと感じなかったような気がするんだけど)、今回はアンサンブルからひとり浮び上がっているように思えた。どうだったかしら。

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オーケストラも、ソロを含む合唱と同様の傾向を示しているように感じる。とりわけ管楽隊のくっきりとしたアタックや、コンチェルトの様相を厭わない歌い上げには、雅明氏の現在の好みがよく現れているんじゃないでしょうか。昔のBCJからずっとライヴを聴き続けている方に感想を伺ってみたい。

で、このはっきりした明暗嗜好が保たれたまま、6月の管弦楽組曲全曲@調布音楽祭に突入することを願うばかりなのだった。イタリアンとまではゆかずとも、光と翳がくっきりしたすこやかフレンチになる予感がする。
by Sonnenfleck | 2013-04-19 22:09 | 演奏会聴き語り
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